前回、「宿命のライバル対決 柔道 日本対フランス」でブログを書いた時、始めて知った柔道家の名前でした。

どんな人物だったのか非常に興味がわき、ネットで調べると自伝が出版されていることがわかり本を購入しました。

題名 「世界にかけた七色の帯 フランス柔道の父 川石酒造之助伝」とありました。

 

私が知っている昔の柔道家は西郷四郎(姿三四郎のモデル)、前田光世(グレーシー柔術の祖)、三船久蔵(空気投げで有名)、徳三宝(奄美大島出身、三船のライバル)、木村政彦(史上最強と謳われる)等いますが、川石酒造之助は知りませんでした。

日本では余り知られていない理由として戦前、大日本武徳会と講道館の対立もあり、武徳会出身の酒造之助、それと教授方法が講道館と違うために

疎んじられたようです。

従い、広く知られる機会がなかったためと思われます。

 

名前が示す通り家が酒造り家、田端義夫「大利根月夜」で歌われる平手酒造と同じ名前が使われています。

特徴のある名で余計興味がわきました。

 本の年表によると、1899年(明治32年)8月13日、兵庫県姫路市手柄の川石孫次郎の5男として誕生。

大正7年2月、大日本武徳会より初段を受ける。

大正13年、早稲田大学政治経済学部卒業、その年12月23日講道館の紅白試合によって4段に昇段。

 

本は川石酒造之助が再びパリへ戻るところから始まります。

このパリ行きは、永住覚悟で生涯日本には戻ることはなかった。

自伝を読み、彼がいかに柔道をフランスに根付かせたか、いわゆる「川石方式」と言われ、技名がフランス人には覚え難いので腰投げ1号と言うように技に数字を使い覚えやすくしたこと、昇級の励みとするため「七色の帯」を採用した事が大きいかったようです。

それと彼自身の才覚もあったことも挙げられます。

もともと政治家志望、その点の才能が普及に役立ったようです。

詳しいことは本を読んで貰うしかないのですが、私が読んで「何故にフランスに広まったか?」と言う点に関心が行きましたので、

その点を記述します。

元フランスナショナルチームのメンバーで柔道6段、現在ボルドー大学スポーツ学部の教授がフランスの柔道史を著した本「柔道 その歴史と成功」に詳しく書かれていました。

 それによると19世紀末には、柔術が知られるようになり1900年前後頃には古流柔術のフランス、イギリスでも護身術として演武されています。名を挙げると、谷幸雄、上西貞一、三宅太郎、大野秋太郎等、そんな早くにとこの記述をみて驚きました。

ブームの切っ掛けになったのはレ・ニエと言うフランス人が柔術を覚え、それが評判になってボクサーから挑戦を受けます。

6秒で勝負がつくのです。

極めた技「腕ひしぎ」。

これがたちまち評判となり、上流階級の人達が入門するようになったのです。

またその頃、フランスでは日本趣味(ジャポニスム)が流行り、日本の文化に関心が高まっていたことも影響しているのでしょう。

そんな背景もあり、酒造之助が柔道を教えた頃1930年代には受け入れられるようになっていたのでしょう。

また、フランス人が、日本の美、礼節、武道精神に関心があったことも理由でしょう。

戦前までに広く普及しましたが戦争のため酒造之助はフランスを離れなければならなくなります。

それで、戦後フランスの要請で、講和条約が結ばれていない時代でも再び渡仏できたのです。

 これで、戦後広く普及し現在に至るのですが、酒造之助の功績で柔道教師が国家資格となり、授業料も他のスポーツより高いために職業として成り立つのに大いに役立っています。

日本では考えられません。

合気道の後輩で合気道教室を開いて職業として居る者もがいますが数名ほどです。

話しを聞けば道場経営大変様ですが、それで生計を立てている事に頭が下がります。

私の知る限り、海外の方が職業として成り立ちやすいように思えます。私が知る事例ですが30数年前合気道を習いに来ていた金髪女性のアメリカ人愛称「パット」と呼んでいましたが、師の葬儀の時久しぶりに会って知った事弟子が300人です。

驚きましたね、海外の方が武道の需要が高いです。

フランスも同じでブログに書いたように80万人が柔道を修業しているのです。

隆盛するのはやはりフランス人が武道精神を尊んでいるからこそ。

その記述を紹介します。

 「・・・・・・柔道を習うときにはなにがしかの儀式が伴い、これが柔道の門外漢や初心者を驚かせる。品位ある態度、無駄口を慎むこと、厳格な礼儀作法を守ることなどこれら全体が柔道教授に分かち難く結びついている。この環境が芸術や技術を遥かに超えた能力を開発するのに必要なのである。「道場」とは人が深い内部からの変革を受ける場所なのだ。・・・中略・・・柔道について何を知っているか、何ができるか、が大切なのではない。重要なのは柔道によって自分がどれだけ変わったか、ということだ。柔道は知識の技でなく自己改革の技なのだ。柔道による自己改革はそれにかけた修業時間の長さに応ずる。先輩、後輩の序列は単に外観的なことではないのだ。・・・・・」

この文章を読みフランス人がここまで深く柔道というものを修業と理解していることに驚きました。

私自身、反省させられる思いです。

 参考資料

2012012309020001.jpg

1/11日、夜NHKBS1の番組でした。

フランスと日本の柔道の交流の歴史を取り上げながら、フランスが本家日本柔道を凌駕するまでの経緯を報道していました。

フランスは、戦前から柔道が普及し始めたようです。

注>川石酒造之助(1899-1969)は日本で四段を取得した後、将来政治家になることを志し、1926年アメリカに留学。アメリカやイギリスで柔道を指導し、1935年にフランスに移住し、日仏柔道クラブを創立。川石方式という外国人に対する柔道教授法を考案し、技術だけでなく柔道精神をも指導していく。川石の弟子達(フランス人)はこの川石方式を用いてフランス国内だけでなく諸外国で柔道を広めたという。 ネット記事より引用。

 

学ぶ人たち、インテリ層に多く教養を身に付ける手段と考えていたようで、武士道精神を学び心の鍛錬を重んじていたようです。

新渡戸稲造が書いた「武士道」から精神を学んでいたことを伺わせます。

 

フランスに広く普及する礎は戦後が始まりで、

黒帯を取得した柔道家が競って教室を開き普及したようでした。

私、多少なりとも合気道をやっていたので、その普及されていく過程は本などから知識を得ていました。

戦後、普及に尽力された方の1人に望月稔氏がいます、戦前嘉納治五郎の指示で植芝盛平翁に師事し合気道も修業されていました。

「日本傳柔術」なる技術書を出されています。

静岡を拠点に養正館道場を開きフランスの警察も指導。

 

フランスに行って普及活動をしたのが時期的には昭和20年代です。

合気道も同じ頃、合気道家阿部正氏がフランスに渡り普及に努めています。

この方、数々の武勇伝を残しています。

合気道は戦後、植芝盛平翁直弟子の方々が世界各地に渡り普及に努めていた頃です。

剣道もそうですが、ヨーロッパでは日本の武道、およびその精神が正しく受け入れられている様です。

 その逸話として、1970年(昭和45年)に第一回の世界剣道選手権大会に参加したヨーロッパ圏の団長2、3の人が当時剣道連盟の木村会長に語った言葉で知ることが出来ます。

「・・・・私たちは日本の若い選手たちと勝敗を争って、選手権をとろうなどとは考えてはいない。本当の剣道を学ぶことによって、日本の古武士のような風格を身に付けたいためにやるのだ。」 剣と禅より。

これを聞いた木村会長は、非常なショックを受けたという。

当時スポーツ化してきた剣道を外人は修養のために学ぶと言うのだからショックを受けたのでしょう。

私もこの記述を読んで反省させられる面がありました。

 

 柔道がフランスで盛んになるのも、実用面で身を守る護身術、修養面でも武士道精神を身に付けることを心がけているのでしょう。

これなどは合気道でも同じ事が起きています。

ブログで取り上げましたが、コロンナータと言うイタリアにある小さな村の合気道道場でも合気道開祖の哲理を学び稽古に励んでいる人たちがいるのです。

 

そんな国柄のフランスですから、柔道も日本に追いつき追い越せと目指したのでしょう。

1970年代頃は未だ日本柔道家には太刀打ちできず、選抜されたフランス選手が天理大学に修業に来て技を磨くシーンが紹介されていました。

そのシーン痛々しいほどで、怪我をしながらも日本の選手相手に稽古していました。

松葉杖を使わなければならないほどの負傷ですが、強くなりたい一心で克服しています。

当時の大学柔道部、それは激しい稽古をしていたようです。

新年の挨拶に来た方が私の大学の後輩で体育会柔道部に所属していたので、その番組を見た感想を話したら夏合宿の稽古の体験談を話してくれました 。

例として、ブリッジの稽古で頭が擦り剥け化膿し、脇を締め引きを強くするための稽古で匍匐前進みたいに両肘を使うのでやはり擦り剥け化膿したと。

毎日落とされ失神するのは当たり前、殴られ蹴られも当たり前と言っていました。

ですから、ケンカの方が楽とも言っていました。

天理大学で稽古されたがインタビューで語っていたのが、山下泰裕選手当時高校生だった彼に全く歯が立たなかったと。

しかし、力は接近してきました。その例が、シドニーオリンピック100㌔超級決勝戦、篠原vsダビド・ドゥイエです。

誤審と騒がれ日本では大騒ぎでしたが、結局ドゥイエの勝利。

重量級で本家日本が敗北、ある意味象徴的な出来事でした。

過去にも、東京オリンピック無差別級でも神永がヘーシンクに敗れたことがありましたが、まだまだ柔道は本家の面目を保っていました。ヘーシンクが言ってましたがこの時日本が勝っていれば地域性の高い競技としてオリンピック競技から除外されたろうと。

しかし、時はながれ広く世界に普及し講道館柔道がJUDOになり、変質していきました。

「小よく大を制す」を体現した柔道家岡野功氏が言っていましたがこれからはフランスが主体となってJUDOを引っ張るだろうと。

競技人口は増えているそうです。

フランス80万人、翻って、日本では20万人、指導者の数も減っているとの事。

彼がそういうのは当然かもしれません。

こんな話をすると後輩が言っていました。

ルールの変化、「技有り、一本」の判定しかなった事が、「効果、有効」の二つが増えてレスリングみたいになり、

生活様式が変化して座ることが少なくなった日本人、短足胴長でその利点が生きていた昔と違い体躯も西洋化してしまい腰高な日本人、体力的に勝る西洋人には勝てなくなるだろうと。

それが100㌔超級で勝てなくなった理由なのでしょうか。

私の合気道師範がどのくらい前だったか、合気道もこれからは本物は外人から教わるようになるだろうと言った言葉を思い出しました。

合気道の稽古に取り組む外人の姿勢がそのように思わせたのでしょうか。

 フランスと日本の違いを一言でいえば「※鍛錬」と言う意味の理解度とその大切さの認識でしょう。

※鍛錬  金属を打ってきたえること。
     2 きびしい訓練や修養を積んで、技芸や心身を強くきたえること。「精神を―する」

 

フランス人、「鍛錬」真の理解があればこそ競技人口が増えているのでしょう。

昨今の日本人は快楽主義に流れ過ぎ。

今の日本人が武道から学ぶことを忘れ、古臭いものと思うようになっているのかもしれません。

残念です。

参考資料

kennto zenn.jpg

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

女性宮家創設に一言   2012:02:01:08:00:00

| コメント(2) | トラックバック(0)

「女性宮家創設」の記事を読んで感じた事ですが、何故宮内庁長官がこのような進言をしたのか私には納得できない点があります。
皇室が連綿と伝統を守り続けている重みを理解していないように思えるからです。
皇室と神道とのつながり、皇室が行う行事は神道の祭事と深くかかわり3000年の歴史を繫いでいるのです。
このような伝統を繫いでいる国、日本に於いて他にありません。
この長官はその意義を理解していないように思えます。
どんな人物とネットで調べると次のような記述の記事がありました。

「・・・厚生労働省勤務時代は、風岡宮内庁次長とともに、ノーパンしゃぶしゃぶ「楼蘭」の顧客の一人として、
名前を挙げられる。宮内庁長官就任後は、任命権者であった内閣総理大臣(当時)・小泉純一郎と同じく、
女性天皇・女系天皇を容認する皇室典範に関する有識者会議の結論を支持している。寛仁親王が男系維持を希望する発言をした。・・・・・」ネット記事より引用。
1942年生まれでした。
年を知り、なるほどと感じたことは戦後教育で育った世代、古事記、日本書紀等皇室と関わる事柄に対して認識が浅い世代です。
日本が育んできた精神文化は神道に根ざしている事は間違いありません。
それを深く理解していれば、「男子一系」の重さに理解を示すはずです。

 

「宮内庁が、皇族女子による「女性宮家」創設の検討を「火急の案件」として野田首相に要請したことがわかった。
 併せて安定的な皇位継承制度の実現も求めている。皇室典範は、女性皇族について、一般の人との結婚などにより皇族の身分を離れるとしており、女性宮家創設にあたっては、宮家の当主となる女性皇族が結婚後も皇族の身分を保つよう、典範の一部を改正することになる。現在の皇室の構成は、天皇陛下と皇族方22人。男性皇族方7人のうち4人は60歳を超えている。
また、未婚の皇族女子は、天皇陛下の孫では皇太子ご夫妻の長女、愛子さま(9)、
秋篠宮ご夫妻の長女、眞子さま(20)、次女の佳子さま(16)の3人、
昭和天皇の弟の三笠宮さまの孫にあたる彬子(あきこ)さま(29)ら5人、合わせて8人で、うち6人が成人されている。
 宮内庁側は、今後、結婚により女性皇族が皇籍を離れるなどして皇族方が少数になると皇室全体の活動に支障が出ると危惧しており、
羽毛田信吾長官が先月5日に首相官邸で野田首相に直接、女性宮家創設により皇族方の減少をくい止めることが喫緊の課題と伝えたほか、政府高官にも同庁側から説明が行われた。」ネット記事より引用。

この記事からは、その意義を理解しているとは思えません。

 

>女性宮家創設により皇族方の減少をくい止めることが喫緊の課題。

というのであれば、皇籍離脱をされた宮家を復活する方向で検討すべきです。
マッカーサーの指令で戦後皇籍を離れた宮家は多く残っているはず、
また、その方々の中には今更と考える方もおられるでしょうが、逆に皇室の伝統に対して「大切な事柄」と認識されている方もおられると思うのです。

その様な方々に復帰を願い「男子一系」が守れる環境作りが急務と思えてなりません。

昨年読んだ「陸軍中野学校極秘計画」なる本に皇統護持工作を計った記述を読んだのですが、それに関した記述の一部を紹介します。

この計画の経緯を記述すると長くなりますので皇統を継ぐ人物として選ばれた方の説明だけに留めます。

「勝沼に疎開していた北白川宮道久王・・・・・・北白川の若宮殿下とは、北白川宮家第5代当主の道久王の事で、当時学習院初等科に通う8歳の少年であった。父親の永久王の母君・房子内親王は明治天皇の第7皇女で、昭和天皇の叔母にあたる血筋。道久王は明治天皇の曾孫にあたる血脈であった。・・・・・」この様に旧宮家には「男子一系」継続されている方がおられるのです。

血脈で言えば今上天皇と同じ明治天皇の曾孫です。

 

私とて戦後生まれですが、多少なりとも記紀、神道、皇室の関わりは知識として持っています。
それだけの知識でも女系は容認できません。
歴史的史実はないですが古事記、日本書紀のその原点が記述され、3000年の歴史を繫いでいるのです。

>寛仁親王が男系維持を希望する発言をした。

との発言があった以降は控えていたようですが。
今回、このような進言をしている所を見ると考えは変えていないようです。

四半世紀も前になるでしょうか、雑誌「プレジデント」に昭和天皇の特集が掲載されたことがあります。

その記事の中で殉職前に乃木大将が昭和天皇に勉強されますようにと渡された本に「中朝事実」とものがあります。

それは皇統を学べる本です。

昭和天皇は敬愛する将軍から頂いた本と深く思い勉強されたと想像します。それに書かれている事、「皇統」です。

天皇としての「心得」も書かれています。

昭和天皇のお考えに深く影響していると思います。

代々、天皇家「皇祖皇宗の御遺訓」を守り125代男子一系で伝統を守っているのです。

そんな歴史を学んでいない人たちが時流に流され伝統を壊してよいのでしょうか。

 

「女性皇族が結婚後も皇族の身分を維持できる「女性宮家」の創設について、「賛成」が71.5%に上り、「反対」の14.1%を大きく上回ったことが14日、時事通信が実施した世論調査で分かった。政府は2月から、安定的な皇室活動の維持に向けて、女性宮家創設に関する有識者ヒアリングを始める。国民の支持が高いことが判明したことで、政府の検討に影響を与えそうだ。調査は6日から9日まで、全国の成人男女2000人を対象に個別面接方式で実施。有効回収率は65.4%だった。女性宮家創設への賛否を支持政党別に見ると、民主党支持者の67.8%、自民党支持者の73.0%がそれぞれ賛成した。また「支持政党なし」でも、71.6%が賛成と答えた。
  一方、皇位継承者を男系男子のみとする現在の皇室典範制度について、「維持すべきだ」が17.9%、「見直すべきだ」が72.6%だった。」ネット記事より引用。
 

世論では、女性宮家に対し賛成派が多いと報道していますが、戦後教育で皇統をよく理解していない人達の考えだけでは決められない大きな出来事であることは間違いありません。

 

「中朝事実」の表紙および目次の写真です。

2012012314490001.jpg

中朝事実 (640x480).jpg

この本は古本屋から入手しました。

大正13年6月27日発行とあり、版を重ねていて、

私のは大正15年5月1日7版発行とあります。

当時よく読まれたものと思われます。

この本の存在を知っている日本人、どれだけいるでしょうか。

資料

2011042610160000.jpg

 

1月28日、新宿3丁目にある居酒屋で送別会を開きました。

御主人さんの転勤があり引っ越しするため、会を離れる事に。

約20名の方が参加、慕われていたようです。

奄美出身の方で、奄美文化に造詣もあり会として退会されるのは残念なところ。

私自身も色々教わることがありましたから。

会主から、また本人の挨拶で始まり、記念品が贈呈。

送別会の始まりです。

別れを惜しむかのように会話が弾みます。

私、カメラ携帯を持っていたので写真係に任命され撮影を担当。

 2012012908220000.jpg

 2012012908280001.jpg

郷土料理を食べながら歓談、本人も大勢の方に送られてさぞかし嬉しかったことでしょう。

趣味、奄美民謡を通じてのお付き合い、絆も深まった仲間たちです。

宴もたけなわとなった頃、芸能部長監督の下、余興が始まりました。

私の前に座っていた3人娘?が何やら不審な動き、手に小さな黒い紙があり、

何かまたやるのかなと思っていると席を離れ部屋の外へ。

間もなくすると、愛嬌のある恰好で登場です。

「稲すり節」に合わせつつ踊りだしました。

 2012013009150001.jpg

それを見てみんなに笑いが!

それではと、つられて退会する本人が踊りに参加。

2012012908270000.jpg

昨年の発表会もそうでしたしが、この「ひょうきん3人娘」の人達、

「皆を楽しませる」ことが楽しいようで、会を盛り上げています。

送別会楽しく終えることが出来ました。

有難うございます。

 

 

 

塗装実績を更新しました。

本体とハンドル。

静電塗装で仕上げています。

赤色は一回塗りで仕上げていますが、赤の鮮やかさをより高めるには下塗りを施すと、

彩度が上がりより赤く鮮明になります。

用途を考えればこの塗装仕様で充分と思われます。

 

詳細はこちらです。

◆ お問い合わせ先 049-266-5800

受付時間:10:00-17:00(土日・祝日を除く)
お問い合わせフォームはこちら
◆ 担当:上野

今回の不良事例は巣穴によって見た目ではブツと見えた事例です。

丸で囲んだ部分。

 

butu suana1.jpg

ダイヤルトップパワー ブツ 拭いた後 2 200倍.jpg塗膜は調べるためアセトンで除去して、デジタルマイクロスコープで撮影。

 

T氏より「鳥インフルエンザ」についてご見解が送られてきました。
 
政府の対応策について述べられていました。
隠居されてもなお、知識欲、世情に関心を持たれる姿勢には頭が下がります。
長きに亘り、会社経営された方なので自然と時事に関心が向くのでしょう。
 
以下がそのメールです。
 
強毒性鳥インフルエンザ(H-5N-1型)流行に備え、
特別処置法の制定、インフルエンザ流行じに政府が
「緊急事態」を宣言するなどが書かれていますが、
宣言ごは国民に外出自粛要請、集会、催ものなどの
中止・延期の指示が出来る。
その他色々の指示、禁止、条項が書かれていますが
全て国民側に規制を指示しただけで、国のやるべき
ことが具体的に発表されていない、
本来は国はここまでをやるから、国民は指示に従う様に
と言ふのが、国と国民との責任範囲が明確になる。
今回の規制、指示は役人の責任逃れの典型的な例
と思います、何か有れば既に指示してあると、アリバイを
作りと言はれても当然と思います。
政府は流行すれば短時間に64人の死者出ると発表している、電車、バス等に大勢の人が乗る等感染の範囲
無限に広がり、生産活動にも大きな影響がでます。
アメリカの鳥インフルエンザに対する対応策
公共の建物の広い部屋使い仮の病室にして患者を収容し又患者から出るウイルスが外部に出ないように
部屋全体を減圧にしている、
大病院以外にも患者に酸素を供給できるよう大型のタンクを随所に設置している。
又鳥インフルエンザに罹ると呼吸器に障害が出るので
各州が毎期長年に渡り人工呼吸器を買い付けている、
この様に国と各州がそれなり対応した上で国民に指示
するなら判るが、指示して有るから後は国民がどの様な
行動するか国民の問題と言わんばかりと思います、
鳥インフルエンザ対応の医薬品
何故鳥インフルエンザ短時間拡大する理由。細胞に入ったウイルスがお互いにコピーを重ねていく。
効果が有る言はれる医薬品下記のとうり
タミフル、リゼンザ、内部に入ったウイルスを外部に出させない。
某社のTー705 細胞に進入したウイルスのコピーをさせない画期的な薬品で、科学雑誌ネーチャーにも記載されている、フエズ4まで完了し、平成23年3月に医薬品
として厚生省に申請している。日本のばあい認可までの
他の先進国と比較して6ヶ月1年余分に掛かる。
此れもしっかり認識していれば国として急ぐように指示
すべきと思います。
感染した場合死亡率が非常に高い例として下記
アゼルバイジャン発症8名死者5名中国25:17名
インドネシア182:150名カンボジイヤ25:17名
ベトナム119:59名ラオス24:21名
この様に非常に死亡率が高いのが問題だとおもいます。

今回の規制、指示は役人の責任逃れの典型的な例
と思います、何か有れば既に指示してあると、アリバイを
作りと言はれても当然と思います。
 
役人根性と言うのか、これは昔から相も変わらず起こることなのでしょうか。
私自身、リアルタイムで見たわけではありませんが「生きる」、黒澤明監督、主演志村喬の物語を思い出します。
ガン宣告を受けた役所勤めの人が、死と向き合い「生きる」ことの意義を探し出す物語なのですが、
役所仕事の典型が描かれ、市民の苦情を窓口でたらい回しする場面がありました。
それと似たようなものです。
昭和27年の封切りですから60年も前です、役人根性は治らないようです。
 
 >アメリカの鳥インフルエンザに対する対応策
具体的に国としてやるべきこと対策をしっかりとやっているようです。
この辺は日本人とアメリカ人の気質のの違いか、役所仕事に対する考え方に違いがるのかですが、責任を果たすという点では行政面では動きがいいですね。
常に危機管理を迫られるアメリカです。
そういうものに対しては機敏な動きが取れる組織作りになっているのでしょう。
 
 
>某社のTー705 細胞に進入したウイルスのコピーをさせない画期的な薬品で、科学雑誌ネーチャーにも記載されている、フエズ4まで完了し、平成23年3月に医薬品
として厚生省に申請している。日本のばあい認可までの
他の先進国と比較して6ヶ月1年余分に掛かる。
此れもしっかり認識していれば国として急ぐように指示
すべきと思います。
 
せめてこれぐらいは首相の指示ですぐやるようにと対応してもらいたいもの。
これで生産活動に支障が出れば、大震災、放射能対策、円高など打撃を受けている日本、ますます落ち込んでしまいます。
何とかしてしてよと言いたくなります。
 

T氏から新年の挨拶が!   2012:01:11:08:00:00

| コメント(0) | トラックバック(0)
塗装業界の先輩として、お付き合いさせていただいているT氏からメールで新年の挨拶が届きました。
この様に気にかけて頂いて感謝しています。
ご高齢にもかかわらず、相変わらず時事に関心を持たれ、ご見解をお知らせいただけること、
大変勉強になります。
と言うのも、高所から大局を眺め将来的展望に立ち国家運営等のご見解を述べられているので。
読んで感じた事、日本の潜在能力の高さを実感できます。
やはり、これを生かすのが政治家の仕事でしょう。
 以下がそのメールです。
 
上野様 明けましておめでとう御座います。
今年はより良い年でありますように祈念致します。
 
情報として、藻からの石油開発、米、日本、比較
米、予算数兆円で、国家プロジェクト取り組んでいます
現在国内で従来の藻を使つて石油化のために後楽園
規模の池を数箇所で光合成で石油の生産に入っています、
ジェット燃料に5%混合させてジェット機を飛行させました。 最終目的はガソリン50対50として開発している。
大統領が議会でこの開発が順調にいけば石油を一滴も
輸入しない国になると、近い将来の夢を語った。
日本、筑波大の渡辺教授が従来の藻育成が10倍も
早い藻を発見し培養している。
テストして米の藻と教授のもを同じ空間と容積で比較
した結果12倍の石油物質が採取できたと発表が有った。 渡辺教授は琵琶湖の2分1面積を利用すれば、日本は産油国になれると発言している。
先日テレビで藻の石油を試験走行を放映されたが、
マツダの新型エンジンを搭載したジーゼル車に従来の燃料に70%の藻からの石油でスムーズ走行できた。
米が50対50を目標にして開発しているが。
日本は既に30対70%が可能になっている。
今回の予算編成のなかに予算処置を数字は見当たらない、 米は中東から石油を輸入がホルムズ海峡をタンカーが通過せざる得ないのでイランが海峡通過妨害
された場合も考えて藻の開発に多大の予算を付けて
中東に対する依存度下げる戦略を持った結果でしょう、
日本の政治家の中には2番目では駄目なんですか、
などと言ってる大臣がとても戦略思考があるとは思はれ
ません。宇宙衛星でも隼の生還以来世界の日本の
衛星に対する評価大きく変わりました。
三菱重工の開発した衛星は性能が良く、軽良化する事により燃費効率が格段によく又価格も従来150億
が100億まで価格DOWNが出来、世界に向かって技術、
価格、信頼性に対しても大きく評価されました。
評価出来ないのは日本の政治家で、総理も税金の
話だけで日本の将来、又国民に夢を語る意思、も
能力もないのかおもはざるを得ません。
 
日本、筑波大の渡辺教授が従来の藻育成が10倍も
早い藻を発見し培養している。
 
従来の10倍以上の油がとれる藻が沖縄で発見された。筑波大学の渡辺教授らが発見し、オーランチオキトリウムという藻で、光合成は行わず、生活排水など有機物を食べて油を体の中に蓄えるタイプらしい。大きさは、0.005mm~0.015mmの球形であり、沖縄の温かい海水で生息。渡邊教授よれば、実用化すれば、今の石油と同じ価格(50円/L)で生産できるという。量産法や最適な抽出法の開発が必要なため、本格的な商業生産には10年程度かかるとみている。ネット記事より引用
これを読めばアメリカの様に、すぐに開発予算を立てて取り組むべき国家事業と思えます。
 
マツダの新型エンジンを搭載したジーゼル車に従来の燃料に70%の藻からの石油でスムーズ走行できた。
 
マツダの新型ディーゼルエンジンの記事、私もインターネットで目にしました。
マツダ、ガソリンエンジンでもハイブリッド車並みの高燃費を実現していました。
それに加えてディーゼルエンジンの搭載車(MAZUDA CX-5)をつくり、新たな展開を目指しています。
頑張ってほしいもの。排気量2000CCぐらいでガソリン車4.0L車並みのトルクが出るそうで、関心が高まります。
もし、藻から石油化が実用化されれば、内燃機関のエンジンも今後活躍できますね。
 
 
> 宇宙衛星でも隼の生還
 
このニュース、本当に驚きました。映画はやぶさ 遥かなる帰還』と映画化されて、国民に希望を与える出来事になりました。
 
 
> 評価出来ないのは日本の政治家で、総理も税金の
話だけで日本の将来、又国民に夢を語る意思、も
能力もないのかおもはざるを得ません。
 
リーダー層の劣化とか言われる昨今、なぜ日本の政治家にリーダーに値する人材が出なくなったのか。
当の本人は一所懸命なのでしょうが。
躾、教育の中に「公に尽くす」と言う大切さを、言わなくたったのが一因ではないでしょうか。
教育改革が必要だとつくづく思います。
 
 
 

1月6日、川越商工会議所主催の交歓会に出席してきました。

2012010816390000.jpg国会議員、県議、諸官庁の人たちが招かれており、年頭にあたりそれぞれの立場で産業、経済の動向、見通しに関する見解を聞くことがその目的です。

この会に出ると国歌斉唱がありますので君が代を歌います。

年に一度は国歌を歌う機会に恵まれ、厳粛な気持ちになるのもいいものです。

2012010711340000.jpg

 開会前の様子、式典会場に300席ほどが用意されていましたが満席になりました。

毎年、そんな状況ですから、年の初めの大切な行事として認識されているようです。

副会頭の開式挨拶に続き会頭から年頭挨拶。

地元、百貨店の社長さんです。

やはり東日本大震災に触れ、リーマンショックから景気の立ち直り見せた時期の出来事、景気後退となる事態の中、川越商工会議所の方針を語っていました。

地域の活性化、中小企業の革新、産学官の協力、川越駅西口再開発等。、

続いて市長が挨拶、

同様大震災に触れ、負荷になっている、ユーロの危機、TPP、円高が景気の足を引っ張る形、しかし今年市制90周年(大正11年)、地域活性化(ふれあい拠点施設、市の自由広場、新河岸駅の整理)の出発点としたいと抱負を語っていました。

次に議長、3・11によって大変な打撃を受け景気の後退するも、こんな中スカイツリーが建築され日本の底力を見たと話されていました。 

続いて、来賓挨拶として国会議員の2人が壇上に立って祝辞が述べられました。

昨年の挨拶で、写真の議員が法人税率引き下げを約束したのですが、法人税率引き下げが震災で達成出来なくなったことを詫びていました。

背が低い方なのでしょうか、演壇の上にやっと上半身が。

ホテル側に踏み台を用意させて演壇の前に立つ時、よく見えるようにしたのがいいと思いますが。

政治家です、良く見えるほうがアピールできるのでは。

余談ですが、昔「戦場に架ける橋」という映画に出た早川雪舟という日本人俳優、背の低さを補うため外人俳優と対面するシーンでは踏み台を使っていたと記憶にあります。

2012010818240000.jpg他の来賓の祝辞が済んで閉会です。

その後は祝宴です。2012010711370000.jpg

 2012010711370001.jpg

会場に人があふれ、式典参加者より多い人数と感じました。

副会頭が開宴の挨拶に立ち、 乾杯と続いて祝宴の始まりです。

鏡開きも行われました。正月らしさが出る行事ですね。

2012010711390000.jpg名刺の交歓会と謳っていますが、テーブルでビール、酒と取引銀行の支店長と懇談です。

盃に手酌しようとしたら隣に居た方が酌をしてくれ、名刺交換となりました。

名刺には銀行支店長の肩書きが。

世間話しながら、年を聞くと私より15下、私の方からある話題を提供しそれについて話し合いを。

どういうことかというと、一つに日本人の民族性が薄れていることをでした。

今、私が思っていることなど述べる中、「日本の姿」の詩を読んで作者を話すとその方知っていました。

自分も「権威」の詩集を持っているというのです。

後藤静香の名を知っていたのです。

なんとなく嬉しくなって会話が弾んできました。

関心事の大和言葉の成り立ち、神道、神話の意義など日本人の原点になるものだと持論を話したのですが、熱心に聴いてくれたことが弾んだ理由でしょう。

仕事柄、勉強されている様子が見て取れました。

会の目的である交流が出来て楽しく過ごせました。

 

[注]:酒でも鏡開きという理由がはっきり分からなかったので由来を調べるとネット記事に。

※「樽酒の蓋を割ってお酒をふるまうことも鏡開きといいますが、これは樽酒の蓋のことを酒屋で「鏡」と呼んでいた。
農耕民族の日本人にとって、米からできる日本酒は神聖な意味を持ち、様々な神事を営む際に供えられ、祈願が済むと参列者でお酒を酌み交わして祈願の成就を願う風習がありますね(これを直会<なおらい>といいます)。このお酒が樽で供えられたときには樽の蓋を割ってお酒をふるまうわけですが、やはり縁起の良い「開く」という表現を使うのです。」ネット記事より引用。

 

 

 

 

 

 

テレビから新年のご挨拶。   2012:01:07:08:59:02

| コメント(2) | トラックバック(0)

テレビ埼玉で元旦、朝9時と2日18時、3日12時3回にわたりCMを兼ねて流しました。

なでしこジャパンリーグの時のご縁で、テレ玉営業マン再度営業に来て、

内容を聞き、それではとお願いしたのです。

その時の映像が下の写真です。

見た時、自身でお正月に気分に浸りました。

2012010109000000 (640x341).jpg

この映像、8時59分から9時の間に流れ、

その番組帯は通販の宣伝が主に流れその放送が終わった直後に放映されましたが、

視聴率的には低い時間帯と思われます。

 

カテゴリ

アイテム

  • クリックで拡大表示
  • クリックで拡大表示
  • クリックで拡大表示
  • クリックで拡大表示
  • クリックで拡大表示
  • クリックで拡大表示
  • クリックで拡大表示
  • クリックで拡大表示
  • クリックで拡大表示
  • クリックで拡大表示

最近のコメント

ATOM最新記事のフィード