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2009年7月アーカイブ

私は、趣味のひとつに奄美民謡を稽古しています。その稽古の関連で6月中旬、奄美民謡の歌詞を読み砕く勉強会に参加しました。その時、勉強した民謡(島唄)、方言について感じた事柄、感想を述べたいと思います。
当然のことながら、歌詞は奄美大島の方言が使われており標準語と違い、使われている言葉の意味、発音などを理解するために行われました。
教材として、『奄美大島民謡大観』著者 文(かざり)潮光が使用されていました。昭和8年に発刊された本です。75年以上たっていますので、初版はなく復刻版を入手しました。それでも発刊は昭和58年です。
講師の方から、この本は奄美民謡を歌う方々のバイブルみたいな存在となっていると説明がありました。
この説明を聞き、納得できる事として、著者が歌い継がれてきた島唄が失われつつある状況を憂い本に残そうと当時の島唄を記録し、また歴史的な背景などを記述し、あわせて出版したこと。
著者も本の中で語っています。
『我が奄美大島の民謡は、血燃ゆる南國的情熱と、こまやかな人情と、更に暗き生活環境から、醸成された深刻にして哀切、而も幽妙高雅な氣韻を湛えた古典的価價高い藝術である。然るに、それが今や生き殘れる古老の運命と共に永久に湮滅の墓の彼方に葬り去れんとする状態にあることは何よりの遺憾事とされねばならぬ。私は數多き我が民謡の名曲佳編が年とともに一つ一つその姿を失って行く有様を見て痛歎に堪えぬものの一人である。』

暗き生活環境、醸成された深刻にして哀切と記述があるのは、「1607年(慶長14年、島津氏の琉球侵攻の結果、奄美諸島は琉球から分割されて、薩摩藩に直属する領土となりました。それからあと、1871年(明治4年)に廃藩置県の制度ができるまでの260年間、私たちの先祖は、封建政治のもとで、苦しい生活をしなければならなかったのです。当時、薩摩藩は財政的に、非常に困っていました。 奄美諸島を経済的に利用するだけで、文化の発展などについては、全く考えてやらなかったようです。 しかも、1706年(宝永3年)、薩摩藩は奄美諸島の人民の系図や文書の記録類を取り上げて焼き捨てたのです。」奄美郷土史選集より・・・そんな背景があり、そのような記述があるのです。
私も、子供心にそんな話を聞いていました。サトウキビから取れる黒砂糖を作らせて、それを交易して財政を豊かにしたと。
もう30年以上も前になりますが、おふくろの従兄弟が和歌山から家に遊びに来た時、会話の中で「何が、薩摩じゃー」と言って憤っていたことを思い出します。
薩摩藩の明治維新の財源の基は砂糖にありました。奄美のお陰で維新ができたと言う人もいます。
「人民の系図や文書の記録類を取り上げて焼き捨てた」とありますが、支配する側の常套手段のようです。どこかの国も占領政策で民族の根幹を成す、精神、史書、記録などを奪われています。民族の誇り、歴史、文化を消すと扱いやすくなるのでしょう。
前置きが長くなりましたが、どんな内容の勉強をしたかと言うと、島唄が形成された歴史、島唄の解釈および発音でした。
本にこう説明されています。
「以下、私は平家来島時代と琉屬時代、薩摩藩服屬時代の3期に分ちて夫々の時代の我が歌謡に及ぼした影響の跡を眺むることにしよう。・・・・・
中略・・・・壽永の秋、壇の浦に敗れてその榮華の幕を閉じて以来、一族の中資盛、行盛、有盛の郎黨と共に南島落ちをなし我が大島に辿り着いて・・・」
島民との交流が始まり、万葉の文化が根付いたと説明しています。
その経緯を大島の古い八月歌で紹介しています。

手習(でつしょ)初めたろ誰(た)がよ初たろ
   やまときょら夫婦(をとじょう)が初め定め
意味は、手習い學問は誰が初めたか、内地から下った美しい夫婦の力によって初められたのであるとの意味であるが、美しい夫婦とは平家落人を指しているのだと云われている。
やまときょら夫婦(をとじょう)やきゃしやる生(ま)れしやしが
    いじる名ぬかじ口ぬさたよ
と云うのがあり、これは内地からお出た美しい夫婦の方は如何なる高貴の生まれをされたれば斯くは賢く美しいのだらう。
島の人々が平家落人を心から禮讃した歌と紹介しています。

琉歌として次のような歌をあげていました。
    肝ぬもちなしや竹(でぇー)如(ぐとう)直く
          義理ぬふしぶしも中に込めて

<意> 心の持ち方は竹の如くまっすくで、義理、人情の心根がある。
    
     どくささ(元気)とも梅や雪霜に
          つめられて(くるしめられて)あとど匂いやましゅる

<意> 梅が雪や、霜などの悪天候に耐えた後、匂いが一際は増すのと同じように試練に耐えてこそ 
健全に育つ。
教訓的な内容になっています。

それが、薩摩藩圧政下の時代になると、歌詞も悲痛な物になってきます。
「極端なる搾取と苛酷なる壓迫とに如何に島民は泣かされたことか。」
 島の民謡に
   かしゅてしゅてしやんなたん爲なやんが
          倭いしゅぎりやが爲どなゆる
<意> かうして油汗を流して働いた所で誰が爲になるか。やまといしゅぎりやすなわち内地のちょん 
まげ役人の爲にしかならない。

  きょら生まれ女嶋ぬ爲めなゆめ
         倭いしゅぎりやが爲どなゆる

<意> 美しく生まれた女はお互島の人の爲ぬはならない、やまとちょんまげ役人
の爲である

代官や下役人は人妻云わず娘と云わず美貌の女は彼等の玩弄物に奪った。
隷属的な立場の悲惨さが伝ってきます。

今現在は時代も変わり、奄美は観光地化してそんな悲惨な時代があったことを
忘れ去られつつあるのではないでしょうか。
勉強会に参加して改めて島唄の由来、意味を知りました。

発音に関しては島唄を教わる時、正確に出すよう注意を受けますが、難しい面
があります。
例えば、「玉黄金」(たまこがね)なる文字を上げて發音を説明していました。
がねはがねでもなければ、がねでもない。その中間語であり「けだもの」
でもなければでもない又でもない。日本文学にはない發音。
と記述していました。

行きゅんにゃ加那節などは初心者が習う歌ですが、方言で発音しなければなりません。
歌詞に「米(コメ)」と言う言葉がありますが、
「米」は奄美本島では「クムィ」、喜界島では「フミィ」と発音します。
叔母より、本島で「カ行」で発音するものが喜界島では「ハ行」の発音になるよと教わったことがあります。
「金」は「クワネィ」、喜界島では「ハネィ」です。
地域が変われば、言葉、発音までが違うのです。
喜界島方言集に発音に関して次のように説明しています。
喜界島語の母音は[a][i][u]の三音が基本で、国語の[e]は[i]に発音されるのが普通である。これを50音図に比較してみると、国語の「イ」列は「エ」列の両音列はいずれも喜界島語では「イ」列に、「ウ」列「オ」列の両音列はいずれも「ウ」列に悉く合併して発音されるのである。
例えば、「喜界島語」の方言を「シマユミタ」と云いますが、国語読みすれば「シマヨミタ」となり「オ」が「ウ」と発音されています。
また、「シマユミタ」は喜界島の人が話す方言を意味しますが、奄美本島の人は自分達が使う言葉を「シマグチ」と言います。
この本では発音学的な説明をして、一助としていますが読んだだけでは理解できないのが現実ではないしょうか。

※ 喜界島語の用例
国語で「本当」は「フントー」となり、フンの語尾を上げ、トーは語尾を下げて発音します。
しかし、昭和16年に出版された喜界島方言集では「プントー」となっています。前の発音を教えて呉れた人は戦後生まれ、発音が変わったのでしょうか。
「プントーナ」→「本当か」の意味なります。
他に
天気良くば行かん  → ティンキ ユタサラバ イコ
天気悪しくとも行かん→ ティンキ ヤサティム イコ
この花は白くない  → プンパナー シルサ ネーラン

子供の頃から成人期頃まで、親戚が集ると会話はシマユミタになり、判らないまま聞いていましたが、何度も使われた言葉は覚えるものです。
幼児の頃は「だやー、テル子くわな。はなさやー」とよく言われました。
意味はこうです。「あなたはテル子の子供なの、可愛いわねー」です。
「テル子」はお袋のことです。

※ 「くわな」の発音ですが、喜界島方言集の発音の説明から私なりに解釈すると、無気音で喉頭破裂をし、「く」と「わ」を同時に発声する思いで、息の出方を少なくしてやるのでは。
<補足>喉頭破裂=勉強会に参加されていた70半ば過ぎの方に、「カ」と「ク」の間の発音はどのようにするのですかと尋ねた時、「喉に引っ掛かかった感じで出すと」説明を受けました。
私の推測ですが、喉にものが引っ掛かった時、それを取り払うような動きがそれに相当するのではないかと思います。

しかし、今では喜界島でも標準語しか使われなくなりました。それは標準語を使うように強要したことに起因します。
戦前から国は方針として、全国共通語を国語の発音に統一しようとしていました。
戦後になり、鹿児島では強力に推し進めていたようです。
教室で使うと先生から注意され、札を首にかけられ反省を促されました。
札には「私は方言を使いました」と書かれていたそうです。
当社にいる喜界島出身者の経験談です。
私の家内は鹿児島ですが、同じ様に注意されたそうです。
でも、地域差はあったようです。身近にいる人たちそれぞれに聞くと、熊本、岩手、宮城などではそうしていなかったようです。

しかし、メディアの発達もあるのでしょうが、子供の頃に比べると地域差などが薄まり、方言は聞かなくなりました。その結果、喜界島では70歳過ぎの老人までもが方言を使わなくなっているそうです。(喜界島出身者の弁、昨年秋還暦の同窓会で帰省した時の印象です。)
本当の意味の方言を喋る人は、地域関係なく昭和初期生まれの人達にまでに限られてきた様に思います。
民俗学者の柳田国男は昭和16年に編纂した「喜界島方言集」でこう述べています。
「言語が我々祖先から相続した最も大切な文化財であることは、いかなる老弱男女、いかなる階級にも行き渡っているのを見てもわかります。古来この財宝を最も有効に、又適切に利用し得た国が、文化の栄えを認められて居ります。
将来も亦必ず同じことであろうと信じます。」
奄美大島民謡大観を著した文(かざり)氏とある一面、同じ心配をされて喜界島方言集を編纂したのかなと推察します。
「肝属郡方言集」なる本も持っていましたが、家内の兄が肝属郡なので方言をしっかり守って欲しいという意味を込めて贈呈しました。

しかし、やがては方言は無くなり奄美民謡のように唄で伝えられるだけになるのでしょうか。

追記 7月22日、奄美大島では皆既日食が見られるという事で、観光事業の一貫として盛り上がりを見せているそうです。
最近、 私が所属している奄美民謡教室も入会者が増えてきました。
奄美大島のブームなのでしょうか。

※ 参考資料「奄美大島民謡大観 復刻版」著者文潮光 出版南島研究出版社
      「喜界島方言集」 編者 柳田国男 出版 国書刊行会
      「奄美民謡大観」 著者 文英吉 出版 文秀人
      「奄美郷土史選集 第一巻 」 坂井友直 出版 国会刊行会

補足 喜界島方言集を知ったのは、叔母が戦前島に言語調査に来た人たちが居り、言語学的に万葉の言葉が残っていると教えてもらった事が入手する切っ掛けとなりました。
   例 食籠(じきろう)→じきるー 今で言う弁当箱です。
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当社の塗装部品の使用例ご紹介(2)   2009:07:13:12:55:53

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川越第二工場で塗装している部品の使用例をご紹介します。
日常品として馴染みのあるエアゾール缶の蓋として使われています。部品名をマウンテンカップと呼称します。塗装する部品すべてが使われるのでなく、塗装せず、プレコートされたものなどがあります。内容物の充填剤などによって使用が決められています。
その写真を掲載します。
写真1
DSCN0418%20small.jpg

写真2
写真のように部品の裏側に塗装します。
DSCN0423%20small.jpg

写真3
その部品が使われている様子。
DSCN0425%20small.jpg


塗装方法は、スピンドル塗装で、部品(被塗物)を高速回転させ塗装します。
自動で行いますが、塗料の濡れ性に注意して作業しています。

塗装実績を更新しました。

今回、ご紹介する製品は重ね塗りを行い規定の膜厚を生成しています。
現場責任者に、このように厚く塗るのなら、粉体塗料の方が簡便なのに何故採用しないのかなと尋ねた所、塗色の兼ね合いからも知れませんと明確な返事が来ませんでした。
改めて、用途、塗料スペックを確認するよう指示しました。
原子力施設に使われる製品のため、塗料が特殊な仕様となっていました。
実績ページで特徴を記述しましたが、美観、保護以外に耐放射線性と謳っており、用途が特別な施設に使われるので、塗装仕様も安全性に重点が置かれているようです。
様々な分野の製品の塗装を当社は行っていますが、改めてそのことを実感した塗装製品でした。

◆お問い合わせ先電話:049-266-5800
 受付時間:10:00-17:00(日・祝日を除く)
お問い合わせフォームはこちら
◆担当:上野

当社、3価クロメート化成皮膜のニーズ、要望が増えてきましたので3価クロメート処理装置を導入して、内製化へ踏み切りました。
それにより更なる品質向上、より良い皮膜生成を目指すことが出来るようになり、お客様に喜んでいただけるよう取り組んで行きたいと思っております。
塗装用下地処理として、また、防錆強化の手段として化成皮膜だけの処理も行います。
今までの下地処理技術のノウハウを生かしてより良いものを提供させていただきます。
是非、当社へご用命下さい。

◆お問い合わせ先電話:049-266-5800
 受付時間:10:00-17:00(日・祝日を除く)
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機械要素技術展を見学して   2009:07:01:14:39:38

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6月23日~26日まで東京ビッグサイトで開催された展示会を見学してきました。
表面処理に関する展示があるいうのが見学動機です。
自宅から1時間半ほどかかりました。
国際展示場駅を降りて、展示場まで20分ほどの徒歩でした。
初めてなので勝手がわからず、行く道々確認しながらの行程なのでそのくらいかかったのでしょう。
ゆりかもめを使えば2分で済むと後でわかりました。
写真1
国際展示場駅
IMGP0209small.JPG

ビッグサイトに着きましたが、開催会場が直ぐわからずウロウロとしながらたどり着き、受付でアンケートを記入し入場手続きを済ませ入場、表面処理関係のブースを探しながら目にしたのが次の写真のブースでした。
写真2
IMGP0215small.JPG

クロムフリー高防錆コーティングの看板を掲げていました。ネジ、ボルト、コイルとさまざまな製品が展示されていました。見ていると、係員の方が声を掛けてくれて、名刺交換を済ませ、説明を受けました。
写真3
様々な製品
(その一)
IMGP0211small.JPG
写真4
(その二)
IMGP0216small.JPG

この品々を見ながら、被塗物から察してこう質問しました。
「コーティング方法は、遠心塗装を採用していますか?」と。
「そうです」との返事でした。
当社「お知らせ」ブログで紹介した塗装方法の一例です。
方法は槽に入れたコーティング剤に製品をジャブ漬けして、その後、籠に入れ回転させ遠心力で余分なコーティング剤を振り切り、指触乾燥した後、ネットに置き換え、焼き付けを行うと説明を受けました。塗膜厚は8μあるそうです。
焼付温度は260℃。
塗装目的が美観、美粧と違いこの方法が取れるのですが、仕上がりは綺麗でした。
塗装屋では、私が知る限りあまり遠心塗装は採用されていないのが現状だと思います。
当社ブログに紹介していながら、作業現場は見たことがありません。しかし、
それに似たバレル塗装を試した経験はあります。
米粒状の製品の塗装依頼があり、試しにとその機器を扱っているメーカーに出向いての試作でした。
方法は、バレルに被塗物をいれ、回転させながら自然乾燥型ラッカー塗料を吹付けて塗膜を形成させる方法でした。仕上がり観はまあまあでしたが、ラッカー塗料でしたので、塗膜物性が適合しなかったためボツとなりました。13、4年ほど前の経験です。
その後、バレル塗装のことは忘れていたのですが昨年、ある自動塗装機導入の検討した際、メーカーへ見学した時に、バレル塗装機を見つけたのです。思い出したようにその社長さんに使用する塗料の種類を聞いたのです。
焼付けタイプと答えが返ってきました。以前ラッカー塗料を使い塗膜物性が不足でボツになっていたので、焼付けタイプで塗装できるといわれ関心が高まりました。
塗装方法により、溶剤、シンナーの使い方に工夫が必要ですが、バレル、遠心塗装は被塗物が接触しながら塗装するので、使い方に共通点があるのではと推察しています。
溶解力がよく、揮発速度の速い調整が必要と思われます。
参考として、その塗装機をご紹介します。詳しくはこちらへ
写真5
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ガラス窓越しにバレルが見えています。
遠心塗装に興味があったせいか、説明が長くなりました。

次を見ようと歩いていると塗装屋さんのブースが見つかりました。
オークマ塗工と看板にあり、ある縁で名前を知っていましたのでスタッフに声を掛け、塗装関連の話を伺うことにしました。
当社のHPを紹介して挨拶代わりとしました。
写真6
IMGP0218small.JPG

業態的には、ほぼ同じ塗装屋と思いますが、コーティング方法と被塗物の種類に違いがありました。
様々な分野にわたり塗装方法、被塗物の種類が豊富なのです。次の写真にはデザイン的な塗装をした製品が写っています。
写真7
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墨流し塗装、水圧転写、インジェクト、ガラス塗装、カラー電着などなど、アプリケーションが広く、提案して行く形で営業するスタイルに感じ入りました。
社長さんともお話ができ、示唆ある話も聞けて参考になりました。社長さんより「我が社のHPを紹介して」と頼まれましたので、それがこちらです

他に興味を引いたブースにメッキ会社がありました。
極めて小さい部品の一部に金メッキを施す技術です。目を凝らしてやっと見えるくらいの部分にメッキしていました。係りの方にこの部品はどんな使われ方されるのかを尋ねると液晶テレビの画面のコネクターに使われると説明がありました。
ひとつの製品が完成するのにさまざまな産業が関わって出来るものと改めて感じた次第です。

様々な展示があり、とても一日では見て回れないほどの数です。歩き回り疲れたので2時間ほどで見学を止め、帰途につきました。
東京ビッグサイトはとても大きな会場でした。
機械要素技術展のサイトはこちら

<追記>
バレル塗装機の概要
HP紹介準備中とメーカーさんより説明を受けましたので仕様をお知らせします
機械概要
電源 100V
条件設定 LCDタッチパネル 操作
塗装ガン 吐出調整 手動
作動開始で 全自動塗装が可能 膜厚120μ可能(実績 樹脂球)
対象物 径約5mm以上10mm以下球の前面塗装
小物10x10x10位の物(樹脂及び金属)の全体塗装

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