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2010年6月アーカイブ

正社員

塗装技能士見習い

塗装技能士=国家資格の技能検定制度の一種 金属塗装部門

  習得技能 スプレーガン操作、パテ技能 研ぎ技能等

勤務時間 8:30~17:30

給与 18万~20万円

 

パート アルバイト

検査作業

時給 750円~

勤務時間

      ① 9:00~17:00

      ② 9:00~12:00

      ③ 13:00~17:00

      いずれかの時間帯

休日:  ● 日曜 祝祭日 第2・4土曜日、夏季
       年末年始、有給休暇
待遇:  ● 昇給 賞与有(会社業績による)

定年制: ● 60歳

       交通費全額支給、
       社会保険完備、制服貸与
       ※他に皆勤手当
応募: 7/1より電話の上、履歴書(写真貼り付け)持参

     Eメールでも受付可

     keiri-soumu@55fujix.com

 

受付担当: 上野
電話: 049-266-5800

7月場所を目前にして、琴光喜をはじめ29名の力士が野球賭博に関わったとして、新聞、テレビで大きく報道されています。
私らの世代は、戦後一時期を除いて大相撲人気全盛期を見てきた年代です。ピークは栃若、柏鵬時代と続いていました。
他に、拳闘、プロレス、野球なども人気がありました。
巨人、大鵬、玉子焼きといわれるほどです。
テレビ観戦で贔屓力士が勝った、負けたと一喜一憂するくらいの熱中振りでした。
しかし、横綱北の湖が引退した頃から、前ほど惹かれる相撲が見られなくなり関心がうすくなりました。
端的に言えば、大型力士が増え、決まり手が単調になってきたのもその理由です。
それに輪をかけて、外人力士が増え、更に面白みがなくなってきたのです。
国技でありながら、日本人力士の低迷、横綱貴乃花が引退してからはいっそう拍車がかかり、横綱朝青龍事件、シゴキ事件、大麻事件と問題を起こして、今度は賭博事件です。
日本人が愛して止まない相撲、しかし、子供達に相撲離れがあって私のように相撲をとった経験もなく関心を示さない若年層が増えているのです。将来、現状のままで行けば大相撲ファンは、明らかに減少するでしょう。
私等、土俵を模して地面に丸を書き、相撲をとったものです。
当時の人気横綱は千代ノ山でした。
その頃(昭和20年代後半)、テレビ中継もありました。

 

そんな時代を経て、大相撲がファンに支えられながら続いていたのですが、昨今相撲協会が何度も改革と言いつつ、また賭博事件が起きてしまったのです。
琴光喜にいたっては、改革と叫ばれる最中、野球賭博をして、批判を浴びながら協会が改革に乗り出していたにもかかわらず、お構いなしに続けていたなんて完全に世間の目を気にしていないのです。社会常識が見えません。ばれない内に止めなければいけないとも感じていなかったようです。
ある意味、相撲社会は閉鎖的な面もあり、独特の鍛錬を強いられる社会で仕方ない面があります。それを差し引いても、世間知らず、良識知らずと批判されても弁解は出来ない状況に相撲協会は追い込まれました。
先達が苦労して築いた相撲界を自らの堕落で駄目にしていまいました。

 

これほど統率が取れなくなってしまった組織は一度解体しないと駄目でしょう。
先達が築いた組織に胡坐をかいていたツケです。
それと同時に、相撲界においてリーダーシップを発揮できる指導者が育たなかった面もあるかもしれません。
どこかの国みたいに、コロコロ指導者が変わるように。
私が知っている最初の理事長は平幕出身の元出羽の花、出羽の海親方です。
時津風、春日野、二子山、出羽の海、境川、・・・と続き北乃湖理事時代から段々と
組織のタガが緩んできたように思います。
中間管理職的な立場にある、親方衆の質もおちていたのかもしれません。組織が知らず知らずに崩れだしていたことも気付かず、改革が充分に行われなかった結果です。
「人によって起こり、人によって栄え、人によって衰え、人によって亡ぶ」の言葉がありますが、それを地で行ったような気がします。
経営に司るものとして自戒しなければいけない点だと思います。

 

財団法人の許可も取り消し税制面で優遇をやめさせ、相撲興行会社として一から出直しをすればよいのです。
先達が苦労してきたことを学べるでしょう。
苦労の一つ地方巡業などは、戦前、戦後、今ほど交通機関も発達していません、移動は荷物を担ぎながらです。足腰も強くなるわけです。
強い力士を育て、人気がないと、一門の地方巡業収入は増えないのです。
戦後などは食料事情も悪く、飲まず食わずで、相撲を取る時代もあり、ちゃんこなど、下っ端力士は残りものを食べて強くなっていくのです。
そのようなこと、映画で見ました。

プロレス団体と同じように興行的苦労もしながら努力していけばよいのです。
リングアナウンサーをしている合気道の弟子が言っていましたが、観客動員で苦労するそうです。
プロレステレビ中継が行われなくなって久しいですがそれ以来、昔日のような人気はなくなり、観客を呼び込めなくなったのでしょう。
今はケーブルテレビで放映されていますが全国放送は行われていません。
NHK中継もやめる可能性も出てきました。
自業自得ですね。

 

琴光喜、負け金が※3000万円、度が過ぎています。稼いだお金を何に使おうが勝手でしょうが、何か許せない気持ちが湧いてきます。

※後日、大嶽親方の肩代わりと報じていました。
相撲人生一筋に土俵を打ち込めなかったことと思います。取り組み中も賭けが気になっていたのかもしれません。
ここに至って、外人力士の方が目標を定め真剣に土俵に取り組んでいた事を示し、強いのが当然という気がしました。

 

現在、関わった力士の調査をしている段階ですが、クロとされれば力士生命は閉ざされる可能性大です。
自己申告で他の賭博、花札、賭けゴルフ、麻雀、チンチロリンなどした力士、親方もいるみたいですが、この程度の博打、やっていないと手を上げられる人がいますかね。
記者会見で質問するマスコミ関係者にも、そのついでに賭博調査して見てはどうかと、会見を見て感じたことです。

 

鬼の首でも取ったかのように振る舞い、高飛車な姿勢で質問する態度には我慢ならない面があります。
イマイチ気に入らないのがその連中です。
その所属するマスコミ関連会社の社長は、自分のところの社員を調べてみてください。
まずは間違いなく居ると断定できます。
全員がしていないとなれば、傲慢な態度で質問するのも我慢しますが、もしそうでなければ、少しは謙虚な態度で会見に臨めと言いたいです。

相撲協会、7月場所開催できるでしょうか?
どうなりますか。

塗装実績を更新しました。

配線器材に用いられます。

小ロットのため、年3,4回ほどの割合でご注文をいただきます。

船舶用に使用され、水の侵入を防ぐ為のケース・カバーです。

 

◆お問い合わせ先電話:049-266-5800
 受付時間:10:00-17:00(日・祝日を除く)
お問い合わせフォームはこちら
◆担当:上野

取引先様の要望で、ハンマーネット塗装を手掛ける事となりました。
近年は、この種の模様塗装の注文がなく、当社、久しぶりに扱うため
要望された模様を出すため、塗料メーカーとともに現場で何度かシリコーンの割合を見定めながらの条件出しとなりました。

模様出しの原理は、
シリコーンオイルは、表面張力が極めて低く(表面エネルギーが小さい)広がりやすい特性を持っています。その為優れた撥水性、離型性、消泡性を発揮します。・・・・塗料中に高分子のシリコーンオイルを微量加えても、塗料中のシリコーンオイルは素地に付着した部分は塗料が乗らずに、はじいた状態になります。これが模様現出の原理です。
アルミニューム顔料の配合された塗料にオイルシリコーンを入れて塗装しますと、リーフィング状態の周辺(凸部)に輪郭の鮮やかな六角型の模様を形成します。シリコーンオイルによるハジキ具合、凹凸模様の形状は使用するシリコーンオイルの重合度添加量のほか、塗料の種類、溶剤の種類、塗装粘度によって変わります。
(メーカーカタログより)
模様は上記の条件以外に作業環境の室温、湿度などのも影響を受けるため、塗装には神経を使います。

写真 模様塗装 ハンマーネットhannma-netto.jpg

左、右側の模様、より立体感を出すために黒下塗りを行いました。

塗装条件出しに立ち会った担当者の弁

顔料の影響もあるのか、右側の色の模様出しに苦労したとのことでした。

 

携帯電話が鳴ったので出てみると、「先生、武士道の本、持ってませんか?」と合気道の弟子からでした。
「なんで」と返答すると。
彼が言うに、「自分の周りに、武士道に関心を抱いている人が増えているので、勉強したいのです」と言うのです。
彼の仕事は、アナウンサー、プロレス中継の実況などを手がけて、幅広く交際をしている人物。
「たくさん持っているよ」と返事をし、「時間が有れば取りに来ればと」伝えると「今、池袋にいるのでこれから向かいます。」と返事です。
彼が駅に着く頃を見計らい、車で迎いに行き、会社の事務所へ彼を乗せていきました。
事前に、事務所の書棚から取り出していた10冊ほどの本を見せ、その中から「武士道と日本人」という本を貸してあげました。
すぐ、目を通し読み始めたのです。
余程、関心が高まっていたのでしょう。
彼、今まであまり関心がなかったのでしょうが、一日本人として詳しく知りたいと思うようになったのでしょう。武道・・・「合気道」を稽古していたことが結びつけたのだと思います。

日本が敗戦して、それまでのあり方(政治体制、精神文化)が占領軍の価値判断による是正(これが問題ですが)が行われ、価値観が180度変わって、武士道精神が封建的、軍国主義的なものと批判されるようになってしまいました。
端的な方針が武道禁止です。
当時の武道界に、身置く心ある人たちが働きかけをして復活させたと聞いております

そんな戦後の風潮でも、私にとって気にかかる言葉だったのでしょう。
いつの頃からは判りませんが「武士道は死ぬことと見付けたり」という言葉を知っていました。
22歳の時、その事が、「葉隠」なる本を買わせる動機となりました。
それ以降、武士道に関する本、目に付けば買い求め、その結果10冊ほどの武士道に関する本を持つ結果となりました。
映画「ラストサムライ」が上映されて、新渡戸稲造の「武士道」が売れましたが、
彼にはこう言いました。「外国人が武士を描く映画を観て触発され「武士道」が売れたが、外国人に教えられる形で関心が集まったのは日本人として情けない」と。

浜離宮での合気道演武会で先輩と話をする機会があり、ロシアで合気道の指導をしていた経験談からこんな話が聞けました。
合気道を修行するロシア人の質問です。
「武士道と大和魂はどう違うのですか」。
先輩がどう答えたか聞きませんでしたが、
こんな質問が出るくらいですから、外国では武士道の関心が高いのでしょうか。

それが当の日本では、一部の人々を除いてさほど関心はないのではないかと。
ただ、「ラストサムライ」の上映が切っ掛けで、「武士道」が20~30万部売れたので全く関心がないわけではないのでしょう。

私自身、前述したような質問を受けたら、どのように答えるでしょうか。
考えてみました。
「武士道」の要諦を言えば、自己犠牲の精神(利他の念)、忠誠心、勇気と成るでしょうか?
外国の人には黒澤明監督の映画「七人の侍」などで、サムライのイメージを描いているのでしょう。他に「用心棒」「椿三十郎」この主人公は「弱きを助け、強きを挫く」がテーマになっていると思います。
新渡戸稲造は「武士道」を日本人の道徳と捉え、明治時代32年、英文で『BUSIDOU、Soul of Japan』が刊行され、日露戦争勝利で日本が注目を浴びる中、関心を呼び西欧各国で出版され、「武士道」が世界に広く知れ渡ったのです。

前回のブログで「克己」の言葉に触れましたが、新渡戸稲造はそれを次のように説明していました。
「・・・・・克己の理想とするところは、心の平静を保つことである。さて、克己の極地は、切腹がこれを明白にするであろう。・・・・・・」
私が好んでカラオケで唄う歌に「まず、一献」があります。

その一節に
嵐の中でも時が経つ
艱難 汝 玉にする
男は己に克つ者よ
君盃を上げたまえ
いざ我が友よまず一献
「克己」が詠まれています。

「大和魂」はどうでしょう。
以前、「修身とは」と題しブログを書くに当たり、小学校の先生に修身の授業について教わった時、戦後修身の授業が廃止された理由に「アメリカの占領政策は、大和魂を壊すことに重点が置かれた。」と説明されました。
この事から、先生らの生きた時代では修身に説かれた内容がそれにあたり、日本人の精神、心と考えられます。
明治40年生まれの合気道師範が書かれた教本には、下記のように書かれていました。
「・・・・その根源は何処にあるかと追求すれば「大和心」ということになる。これは「やまとこころ」と読むのが普通であるが、「いやあまたごころ」の転化である。いやあまた(非常に、多くの人々の)心(真心)である。この「大和心」―――いやあまたの共感としての真心―――これこそが日本精神文化のたる「武士道」なのである。したがって武人の特質でもなければ専有物でもない・・・」
違いは無く、同じものと外国人には説明したほうがよさそうです。
彼等にしてみれば、「武士道」「大和魂」の言葉の違いから違うものと思ったのではないでしょうか。

その精神の発現の例として、商人でも47人の義士を庇って一家全員酷刑を受けて屈しなかった天野屋利兵衛がいる。
忠臣蔵の科白が泣かせます。「天野屋利兵衛、男でござる」
女性ながらも維新の志士を多く庇護した疑いで投獄され、拷問を受けながらも所信を貫き通した野村東望尼、三条大橋の上で颯爽たる征討大参謀西郷隆盛の馬前に駆け寄って「討つ人も、討たるる人も心せよ、同じ御国の御民ならずや」の一首を差し出して大西郷に最敬礼させた太田垣蓮月尼の女性もいる。
階級、男、女に関係なく武士道精神が現れています。

弟子も、幅広く交際してきて、感じるところがあり、日本人として美徳としてきた精神が失われた昨今にいを持つようになったのでしょう。
私より、16歳下になります。
それなりの年になり、自分の価値観を造りつつ、半生を生きてきた結果、「武士道」なるものに辿り着いたのでしょう。
彼も自分のブログに書いていました。
日本人が利己的になっていると。
戦後から始まった自由、平等のはき違いにあることは間違いないと思います。
顕著な一例は、モンスターペアレンツなる人種の出現です。
自分のことはみず、先生に勝手なクレームを付ける輩、利己的、自己中心的振る舞いは教育現場を混乱させています。
私らの世代の親と違い先生を敬わず、自分勝手の言い分を通すようです。
アメリカのプロゴルファー、タイガーウッズの不倫騒動がテレビで幾度か報道していました。
私が驚いたのは、不倫相手の中に謝罪と慰謝料を要求した女性がいたことです。自分のことは棚にあげてです。「お前、同罪だろう」と言いたくなりました。
日本のモンスターペアレンツと全く同じ、いや! 日本人がアメリカ人の考え方に似てきたのでしょう。

これまでの記述は、私自身が得た知識からの見解ですが、戦前に成人された方の考えも聞いてみようと思い、小学校の先生にお電話をしてお聞きしました。
ブログを書くにあたり何度かお電話しています。
お電話で、挨拶を済ませ聞きました。
「先生、武士道から感じる印象はどんなものでしょうか」と。
先生、当時の体験から「薙刀の教練がありましたが、具体的な印象はありませんが」と
話され、思い出されたのでしょう、次のような事柄を話されてくださいました。

何事にも、礼儀、礼節、作法を弁える仁義(道徳上守るべき筋道の意)の大切さ。
侍は「廉恥(心が清らかで、恥を知る心が強いこと)」を知ること。
君辱められれば、臣死す。
「義」を重んじ、「恥を知る」。
などのお言葉を教えていただきました。
「武士に限らず、人として大事なことですね。」とのお言葉でした。
私が質問した言葉で「言行一致とは、侍は発した言葉に責任をもつという意識があり、それで無駄口を言わず、寡黙になったのでしょうか。」と。
「そうかもしれませんね」とご返答を頂きました。

先生、定年前に教職を離れています。

その理由の一つに、教育現場で自分が学んだ教師像、教育のあり方がそぐわなくなり、身を引いたとの事でした。

従来の教育方法より、フレンドリーな接し方、実質主義的な方法論が進歩的と考えられるようになったのが原因のように私は感じています。

先生、教育現場が今のような状況にになるのは、予見していたそうです。

師範学校で教員としての専門教育を受けた方々の心境をあらわす短歌を紹介します。

「小会議」

スト参加統一はかる小会議

           心ゆれつつ吾は黙せり

ためらわず児ら待つ職場へ還りたり

           スト決行の集い離れて

参加あり不参加ありしストの後

           会えば互みに寡黙となりぬ

          <歌集 浜木綿> より

教師が週休2日を望み、ゆとり教育といいながら、児らを思う心を忘れたのでしょう。


先生、世代的な特徴を「私は昭和っ子ですから」とも言われました。
私より20歳ほど年が上です、昭和の御世と同じ時を過ごされた世代です。
私が、教育のことにも触れ、小学校時代の思い出を話しました。
当時の校長先生から言われた話として、
「下校時、国旗が降ろされる時に出会ったら、国旗に正対し気を付けしなさいと」言われたことを話すと、
国旗の上げ下ろしの説明をしてくださいました。
「上げる時は、国旗掲揚、おろす時は、国旗降納と言い、その時は他の動作を止め、国旗に向かい礼をするのですよ。」と。
私の小学校時代、国旗に対しての振る舞いは教わりましたが、今教育現場で国旗を揚げる、揚げないで揉めている事をお話しすると先生が教職についていた時の経験談を話してくれました。
「今の先生は、自ら品格を貶め生徒に対し友達感覚で接していますが、本当は訓育といって知識を教えるだけでなく、教師の人格が反映されなければ教育になりません。知識を教えるだけなら本を読むだけで済む話、従って、先生は人格を磨くことを忘れてはいけないの。今の先生、教育事務屋になっています。」と言っておられました。

国の源は、「教育」にあるのですから、もう一度、日本民族の原点を見直し、この現状を立て直してくれる政治家の出現を期待したいです
参考文献
「新渡戸稲造と武士道」 著者 須知徳平 出版 青磁社
「技法 日本柔術」 著者 望月 稔 出版 講談社

 

book 003s.JPG <注>

「国語力が低下」で書いた通りかどうか知るため、30代前半の方にこのブログを読んでもらい、読めなかったのが太文字の漢字です。

今月ご紹介しますのは、納入先から返品された部品の調査から出て来たものです。

品質検査して出荷していますので、検査工程での漏れか他の原因によるものか担当者が調べたい結果、納入先で起きた事ものが返品されたと分かりました。
その旨、取引様にお伝えし、対策を講じていただくようお願いしました。

亜鉛ダイカストで肉厚も薄く、打痕、変形が出やすい状態にあります。

写真1 擦り傷

金属肌が見えることから塗装後のものと分かります。

hp6tukihinnkannzirei1.JPGのサムネール画像写真2 打痕

肉眼ではほとんど見えません。

hp6tukihinnkannzirei3.JPG写真3 変形

肉厚が薄く、衝撃に弱い。

hp6tukihinnkannzirei2.JPG大勢の方々が、製品造りに携わっています。

日々の作業で、全く同じと製造工程を維持する事は困難な面があり、

4Mの変化があったかないか原因究明の第一歩としています。

品質維持をするには、品質管理体制は崩せません。

家内とともに、川越市立美術館へ行ってきました。
家内が描いた油絵が展示してあるので観賞することと、昨日が展示最終日絵の引取りを頼まれたので、その持ち帰りのためです。
その油絵教室の先生が指導するサークルが3つあり、それぞれの会の方々が出品されていました。
私は絵心がないので、趣味とはいえ皆さん絵が上手なことに感心しました。
活動されている方、時間に余裕のある、高年齢層でした。
趣味を持つことは良いことと言われますが、確かにそうです。
展示場内は、生き生きと取り組んでいる様子を感じました。
私の家内など、まだ若手の部類、皆さん元気です。
写真1
家内が描きました。


bizyutukann.jpg写真2
川越市立美術館の玄関
こんな立派な美術館とは思いませんでした。


201006061443000.jpg箱物行政と言われ、市民会館、市民ホールなどと呼ばれる文化施設建築物がどの市、町にも多く作られたのでしょう。
日本が経済成長を成し遂げた証ですが、余計かもしれませんが、今後維持していくだけの予算が作れるか心配です。


写真3、4
隣の博物館です。
これも立派な建築物です。


201006061444000.jpg

 

201006061445000.jpg写真5
隣にあったお菓子屋さん。
店の佇まいの雰囲気が良く、それにつられて店の中へ。


201006061446000.jpg川越名産の芋を材料にしたお菓子がショウウインドウにたくさん陳列されていました。
店員さんに試食はしてないのですかと聞くと、「申し訳ありません、やってません」とのこと。
「芋菓子」と銘打った御菓子がおいしそうだったので買いまとめました。
持ち帰ってから食べましたが、大変おいしかったです。
このあたり、川越の蔵造りの町並みからは外れなのでしょうが、通りには電信柱が無くすっきりとした通りでした。

川越市も、観光地として売り込んでおり観光客の集客に努めています。


 

ブログ、「一億総白痴化という言葉」、「漢字の話題に思う」などで触れた内容と重複する記述も出てきますが、当社へ仕事で訪れる方々と会話し、言葉使いで感じたことを述べたいと思います。

敬語の誤用例を紹介します。
当社へ仕事のことで来た営業マンと打ち合わせをしている時に出た言葉でした。
30代前半の彼は自分の考えを率直に述べるという思いで使った言葉です。
私にこう言うのです。「社長、わたし正直に仰いますが」と。私、多少面食らいながらも、「正直に話しますが」との意で使っている言葉と直ぐに分かり、「〇〇さん、それは相手に対して尊敬の念を込めて使う言葉だよ。自分に対して使うのは間違いだ」と教えました。

そういわれた彼、意味が飲み込めないのか怪訝な顔をしました。
理解させようと、「尊敬する相手が話す行為を、「仰る」と言い、尊敬語なのだ」と説明しました。ようやく意味が理解できたようです。
直ぐ理解できなかったのも分かります。
30年以上生きてきて、初めて注意されたのですから。

※ 前述の話は、決して「フィクション」でないことを申し述べておきます。


彼に日本語を正しく使えるようになれと叱責しました。そんな思いにかられるのは、彼だけではなく、他にも当社に訪れた方と会話して感じていたのです。

感じていたことは、語彙、vocabulary(ボキャヴラリー)が少なく、読めず、漢字で書けない言葉が多々あるということです。
「漢字の話題に思う」でも触れましたが、時の首相の誤読が取り上げられました。「有無」を「ゆうむ」と読んだのです。他にも誤読がありましたが。
かの方、漫画、アニメ好きでたくさんの漫画本を所有していることも取り上げられていました。
この話題から、子供の頃に良く注意された事を思い出したのです。
「マンガばかり読まないで本(活字)を読みなさいと」
やはり、目にしなければ覚えることも出来ません。
小学校の時、先生に注意されたことを思い出します。
「分からない漢字があったら直ぐ辞書を引きなさい。」
この注意は今でも守っています。

30代、40代の人たちと私を比較すれば生きてきた年数も大幅に違うので、私のほうが生きてきた分、語彙が多くて当たり前と思うのですが。
しかし、それだけでは無いと思います。活字離れ、読書離れと言われるように「本」を読まなくなった傾向がここに来て出てきたのかもしれません。
お笑い、バラェティー番組が増え、「バカ」を売り物にする時代では、漢字が読めなくても「恥」と思う感性が消えてしまったのでしょう。
漢字を多く知っているイコール教養があるとはいえませんが、目安にはなると思います。
お笑いタレント同様、無理やり「ウケ」を狙って面白く、おかしく振舞う方に思いが行き教養の無さに思いが行かないのでしょうか。

もう一つ、敬語誤用の例で、テレビで元女子アナウンサー第一号の方が、タレント化した女子アナへ注意した言葉。
「私のお誕生日」という女子アナがいますが、正しくは「私の誕生日」ですと苦言をしていました。
当時に比べ、言葉のプロという意識の無さを指摘したのでしょう。
自分に対して丁寧語を使う事が間違いと分かる知識が備わっていないのです。
「可愛さ」を振舞っている積りなのですかね。
全般に言えることですが、職業意識の無さが目立ちます。

次は、私が使った言葉の意味が分からなかった例です。
やはり、当社へ訪れた営業マンと会話した時でした。
誂える」という言葉を言った時、彼は理解できない様子を見せたので、その言葉の意味「判らないのか」と尋ねたのです。
「聞いたことがない」というのです。
私、「本当か」と答えました。
分からないのです。
使ったこともないのです。
私「そんなー」と絶句。
彼に、冗談交じりで「服や靴を注文してえたことないのか」と聞きました。
「ないです」との返答。
「子供の頃、貧乏していたのだなー」とからかいました。
「誂(あつら)え」は値が高くなりますから。
私が小さい頃より、衣料、靴など豊富にあるために誂えなくても間に合ったのかもしれません。
彼に「オーダーメードの意味だよ」と教えると、「そうなんですか」と返答し、理解したようです。

30年ほど年の差はありますが、これほどまでに生きた年代、生活環境の違いで使う言葉も違うことを知らされました。
彼に、他に試した言葉で、「克己」「泰然」「従容」「悠然」などが分かりませんでした。
心の有様を意味する言葉も使われなくなっているように感じていたので、これらの言葉、男に求められる素質だよと言ってあげました。

このような経験から、小料理屋で行った懇親会で、「誂える」という言葉を知っているかどうか、試しに聞いてみました。
すると、40代の女性は分かりませんでしたが70代半ばのお上さんは知っていました。
ある意味で「誂え」は死語に近い状態になってきたのでしょうか。
時代の移り変わりが影響しているのでしょう。
最近来社した、銀行営業マンにも同様な質問をしましたが、聞いたことは無いと言うのです。
彼の説明では、やはり誂える必要が無く、入手できるからではないでしょうかと言いました。彼もやはり40代前半です。
やはり死語状態なのか。

しかし、「国語」は教育の基本と成る言語です。「話す、読む、書く」を正確に表現できることは大切な素養であることは、これからも変わりません。
重要な教育の一環です。
語彙は豊富であるほうがいいと思うのです。

小説などは「書く」という技術が特化した作品です。話すは「演説」がそれにあたります。
やわらかい言い方すれば「話し方」です。
これも今の子供達、若者も含めて、下手になって来ており教育現場では「言語力」といって、検定を設け教えているとテレビで報道していました。
「考え、思い、意志を伝える」と言った意思表示の時間が減ってきたせいなのでしょう。
使わなければ能力は落ちるのです。

2、3日前、部の後輩と話す機会がありました。
自分の親より年上の我々を見て、緊張しているのか、他の先輩からOB会に要望はないかと問われても回答の言葉は出ないのです。
無ければ無いと、その旨の意見を話せばよいのですが・・・・と黙っているだけ。
事前に、この会合を設けた主旨はメールで連絡をしていたのですが、準備もせず会に臨んだのでしょう。
問いかけたOBから、「そんなことでは」と注意されていました。
大人しいと言えばそれまでですが、覇気がなく感じてしまいました。
学生とは言え、立派な大人、主体性を持って欲しいものです。

このブログを書いている最中に、電気工事屋の社長が工事の一件で来社したので、ついでに聞いてみたのです。
「誂える」を知っているかと。
その社長、私より一級下です。
知っていました。
こんな会話をしたら、彼が違う言葉で同じような経験があると言って、話してくれました。
『ある現場に出向いた際、「仕事にあぶれたから、現場の様子を見に来た」』とそこの責任者に話したら意味が通じなかったというのです。


「その責任者は何歳くらい」と尋ねると、
「31歳」と返って来ました。
これも死語なったかと冗談交じりで、彼と笑いました。
この言葉、日雇い労働者が仕事にありつけず「あぶれた」という表現に使われていたと記憶にあります。
私、多分映画から学んだかもしれません。
それにしても、「国語、読む、書く、話す」の技能は日頃から心がけて向上させようとしないと身に付かないのでしょう。
国語を大事にしたいものです。

<追記>その1

ブログのチェックをしていた時に、チャイムが鳴り、
新任挨拶にお伺いしましたと、銀行営業の方が来社されたので事務所に通し挨拶を受けました。
挨拶代わりに、通例の質問をしました。
何年生まれですか、大学は何処ですか、何処の出身など聞き、会話となりました。
今年、25歳になる彼に、当社のホームページをみてもらいながら、事業内容を説明しました。
ホームページにブログを掲載していることを話し、さっき最新号の原稿をチェックしていたので、読んでくれませんかと頼みました。
推測とおり、分からない漢字があり、突っ掛かりながらの読みとなり、読めない漢字を教えなければ成りませんでした。
読めない漢字の一つに「克己」がありました。
心の働き、有様を示す漢字は特に弱い傾向があることが認められます。
日常的にけの一環で、使われる機会が減っているのでしょう。
己に克つ」という意味ですよと教えなければなりません。


巷間、草食系男子、肉食系男子なる呼称が使われ始めましたが、この言葉すら知らないのでは、草食系が増えるのも頷けます。
私らの若い頃と比較して、情けなくなります。
こんな思いを抱くのは私だけでしょうか。
このブログの主題、国語力の低下を示す一例となりました。

<追記>その2

「誂える」、この言葉、生活でその経験があるないかで知る知らないとなるようです。

来社した保険外交員に、同様にこのブログを読んでもらったのですが、「誂える」は読めませんでした。彼、60歳過ぎです。

従って、この言葉は年齢層に関係なく「誂えた」経験があるかないかが、知る知らないの分かれ目の様です。

日本語自体、「オーダーメード」が「誂える」にとって代わったのかもしれません。

 <追記>その3

「誂える」が読めなかった方に、「誂える」「克己」を付き合いのある方々に読めるか、読めないか調べて貰えないかとお願いしていたのです。

仕事の打合せで会う機会があり、私に話してくれました。

10数名ほど、20代から30代の人に聞きましたが全ての方が読めませんでしたと。

言葉として日常生活の中、使われる機会が無くなったのでしょう。

「克己心」とも言いますが、生きる上で大切な心構えと思うのですが、親達も子供に言わなくなったのでしょう。

だから、知らないのだと思います。

 

 

 

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