« 2010年7月 | メイン | 2010年9月 »

2010年8月アーカイブ

この円高、15年ぶり!   2010:08:25:11:59:14

| コメント(0) | トラックバック(0)

8/23、この円高に関してメールが届きました。
T氏からです。この方とのご縁は当社の塗装設備を製作設置して頂いた時で、その設備会社の社長さんでした。
数年前、再会しそれ以来折に触れメールでやり取りしていました。
今は、隠居の身ですが、社長業を長くやっておられた習性からか今でも経済、政治に関心を持たれています。
今回の政府(民主党政権)の円高対応にえらくご立腹のご様子。

製造業に携わっている者には、本当に何とかしてもらいたい一件です。

メールでこう述べています。
「円高に対する対応について、
菅首相、避暑中の軽井沢から電話にてどうも円高が進んでいる様だが十分注意をする様に、」この対応に次の見解を述べています。
「現在の円高が日本の産業界にどの影響が有るのか理解されていれば、なにおいても東京に即戻り、関連する閣僚を集め協議すべきなのに、夏休みだからと言いながら、其のまま軽井沢で過ごしていた。
その後東京に戻り電話で日銀の白川総裁と連絡をとり25日に会って協議することにした。」

この行動に対して、次のように批判されています。

「トヨタ自動車にどの様な影響がでるか少しでも判っていればこんなのんびりした考え、行動あるはずがないと思います。従来には利益一兆円で、法人税40%とすれば4000億の税収があることになり、国が困窮している時真剣に又ただちに行動をすべき時、なにを考えているのか、と同時に絶望すらも感じます。株式市場の大幅な値下がり、上場の株式の総額は判りませんが例として総額350兆円とすれば其れの20%と考えれば国、企業、国民の資産が70兆円消えたことになります。それ以外にアメリカの国際外貨準備としてのドル等を考えた場合国富の損失は大変な物になります。政府から単独で為替を操作しても効果がないなどと言っている馬鹿がいるが。
所詮為替も投機対象として行われています。今の菅首相の態度を見ていれば日本は円高の是正を真剣に考えていないと判断し、安心してドルを売ってきているのが現状と思います。


投機資金は非常に敏感で相場が反転すると思えばドライに円を売ってきます。株も為替も心理的要因で大きく働くと思うのが常識です。現在の円高は今の内閣、日銀の無策が最大の要因と考えます。」
今朝のテレビニュースでの菅首相、野田財務大臣の円高対応についてのコメントを聞いても、一言でいえば「静観」です。裏を返せば「何もしない」という事です。


T氏が言われた「株も為替も心理的要因で大きく働くと思うのが常識です。」がない事を証明しています。
立腹されて当然でしょう。
経営に携わっていた経験からしても、何もしない、動かないことが許せないのだと思います。経営は、経済環境に対応してかじ取りをしなければなりません。
T氏の考え、思いを知っているが故に怒る理由がよくわかります。

 

国防、領土問題にも触れていました。
次のように述べています。
「中国のヘリコプターが日本の艦船に60Mまで接近し挑発した問題についても、岡田外務大臣が記者会見で、記者の質問にたいしてとんでも無い発言をしています。連絡が入ったのが金曜日の午後であくる日は土曜日、次は日曜日なので中国に抗議したのは月曜日になった。緊迫感も緊張感も無い発言をしましたが、こんな事でイザと言う時に国を守れないと思います。此の発言に対して菅首相も、仙谷も叱責はおろか注意すらしないとは呆れた面々と思います。中国は幾らなんでも理由もなしにこのような馬鹿な事をやる分けが無く、日本が事に当たってどの様な対応をして来るか判断をする為と思うべきです。正に円高と同じ様に、日本は無為、無策で此れならば尖閣列島等に対した対応を考えたと思います。」

要は、中国は日本の対応の仕方に探りを入れているのです。
T氏からすれば、政治家としての責務、「国民の安全、国益を守る、領土を守る」の欠落と映ったと思います。
昭和の時代と共に、戦前、戦中、戦後を体験されて来た方です。
また実業家として生きてこられた方の視線は鋭く、社会、政治の有り様を的確につくものがあるなと教えられたメールとなりました。
メールから一日本人としての「憂い」を感じているのが分ります。
私も同様、今のままで日本は世界に伍して通用する国になれるのか心配です。

 

小さい会社を経営していますが、経済環境変化に対し無為、無策では会社が潰れます。それとても日本と言う国があっての存在、国がおかしくなれば会社経営は成り立ちません。
それを支える責務がある政治家、T氏が憤るのも当然です。
ある経営指南書で教えて頂いたことがあります。
「会社の利益は構成員メンバーの一人一人の能力に拠る」と。
国も同様、繁栄は構成員(国民)に拠ります。
国のリーダーたる者がこうではやり切れません。
先の参議院選挙でも、大勢の芸人などを候補者にした政党です。
政治家の使命は何たるかを真剣に考えリーダーたる者を選ばなければ、国際社会ではなめられてしまう国になってしまいます。

模様塗装 レザートーン   2010:08:23:11:37:10

| コメント(0) | トラックバック(0)

塩ビ系の樹脂の塗料を用いています。

模様の出し方は、霧化圧、塗料粘度、ガン口径で細かく出したり、粗く出したりできます。

紹介している模様は、細かい部類になります。

工程は、フラット塗りを施し、その上に模様出しの塗りを行います。

レザートーンe.jpgお客さまの要望でこれよりも細かい模様も出しているものもあります。

塗装実績でお知らせしましたが、拡大して模様を見やすくして掲載しました。

下の写真がレザートーン塗装した製品です。

レザートーン塗装品e.jpg

何時だったか、構内の書店で購入した本「一度も植民地になったことがない日本」全部読み切っていなかったので、奄美民謡の稽古へ行く際、車中で読もうと思い立ちました。
スェーデン人と国際結婚された方が書いています。
はしがきの終わりに「本書を通じてヨーロッパのフツーの人々が日本をどう見ているかを知っていただくことは、あらためて自分の国を見直すきっかけとなるかもしれません。
そのお役に立てれば、とてもうれしく思います。」と綴ってありました。

ヨーロッパの国々は、大航海時代から、アフリカ、南米、アジアへ侵攻し植民地支配した国ばかり、スペイン、ポルトガルから始まって先の大戦まで続けていています。ヨーロッパ諸国、そのお蔭で現在の繁栄が築かれていることに思いを馳せ、以前から関心があった植民地という言葉が、その本を買わしたと思います。
確かに、読んでいるとヨーロッパの人々の、考え、思いを理解でき、思いのほか差別意識が強いことがわかります。


「ヨーロッパ人が見たオランダ人」
この項では、世界一ケチな国民はどの国の人か?
フランス人は「それはスイス人である」と言い、スイス人は「オランダ人に決まっている」と言う。こういう小噺がある以上、ヨーロッパの国々のケチのベスト3はこの3国であることは間違いない!
高校のとき英語の先生から、オランダ人はケチで、「割り勘」の事を「ダッチ・アカウント」と聞いた事を思い出しました。
著者もその話に触れていました。
他に「ダッチ・ワイフ」(代用妻)「ダッチ・ガール」(売春婦)など、イギリスはその昔オランダと敵対していたために、悪いことはオランダ人の行為として英語になったそうです。
ヨーロッパの国々、つい最近まで国盗り合戦をしていましたから。

今はEUとして通貨も統一し、仲よくしていますが、差別の思いは残っているのでしょう。
ヨーロッパ人の日本の印象と言うと「日本人はビジネスだけの国」というイメージが強い。本当に残念と書き、それはある一面だけなのに、イメージが先行し誤解される事を憂いていました。
エコノミックアニマルと言われ久しいですが、ヨーロッパでもそんな印象なのでしょうか。 

私自身は海外へ行ったことはありませんし、行きたいとも思いませんが他国へ行って見聞を広める意義がこの本から伝わってきます。
日本流気配りはヨーロッパでは通じないことにも触れて、考え方の違いを教え、さらに、寡黙より、雄弁でなければいけない、意見を言わない人はバカとみなされると書いています。
ヨーロッパで暮らす、働く時は言葉の戦い方を知る必要がありそうです。
60年代後半、ソニーが出した求人広告を褒めていました。
『英語でタンカを切れる日本人、求む!』
なんと具体的に企業が求める英語力の高さと胆力を表現していることかと。


著者、女性初のコピーライターと紹介されていますが、本にその感性がにじみ出て面白く読めました。
情報通信手段が発達していても、本質を見抜くには現地で暮らさなければ解らないことが
あるのだと知らされます。
価値観、文化の違いを克服することも、大変な作業だと感じました。

切り口が様々で私が気づかない視点を教えられますが、読んで一番興味深かかった文章がありました。
それは、「植民地になったことがない日本」の項です。
恐らく、著者が一番言いたかったことではないでしょうか。
「マスターズ・カントリー」と言う言葉を紹介していました。
ご主人様の国と言う意味だそうです。
タクシーに乗った時、運転手に問われた言葉、「私は日本について何も知りません。日本のマスターズ・カントリーはどこなんですが?」。
その返答に「日本は植民地になったことがないんですよ」
発展途上国の移民である運転手の彼女にとって、
「同じ有色人種なのに、なぜ日本人はマスターズ・カントリーの住人と同等に生活ができるの?」と思ったのではないかと。
やはり、ヨーロッパでは差別があるのか。
つまり、彼女のような旧植民地から来た人たちが住まない場所に住んでいることが彼女にとって納得しがたいことだそうです。
次に「ゲスト・ワーカー」なる言葉。外国からの労働者、特に旧植民地からの人達を指し、差別言葉にあたるもの。

彼女の夫が言った言葉が「アジア、アフリカで植民地にならなかった国は、・・・・どこだろうな? おそらくひとつふたつしかないと思うよ。昔は一般的には"日本、タイ、エチオピア"と言われていたけど、エチオピアは第2次世界大戦前、イタリアに攻め込まれたし。あとはタイだけだろうな」
「え?そんなに少ないの?」
「日本は運がいい。いや、運がいいのでなく頭がよかっただろうな。だって織田信長のころ宣教師が来日したときや、徳川時代の終わりに西欧の国々が日本に開国をせまったときも、植民地になる危機があったわけだろ?」
著者その言葉を聞いたときハッとしたそうです。そういう考え方を日本の学校の歴史の時間に習った覚えがなかったからだと書いています。


私は今の日本の歴史教育のあり方に不満があるのも、うわべだけで歴史の中で起きた出来事のいい点、悪い点と言った見方、考え方を教えていないように思えるからです。
フランシスコ・ザビエルのキリスト教布教の背景にそんな意図があったことも教えるべきです。
でなければ、国際社会に伍していける知識が身に付きません。
私は歴史に興味を持っていたので、社会に出てからそのことは学びました。
日露戦争でロシアの敗北が如何に、白人社会にとって衝撃的な出来事だったことも理解できますが、年表をなぞるような教育をやっていては世界の動静が読めなくなります。
植民地にはならなかったが、アメリカに占領され、それ以上のダメージは受けていると思います。形ではなく精神面で。
「ヨーロッパ人には有色人種に対して"ある感情"を持っている人々は今でも多い。それが表面に出てこないのは口に出さないからだ。」とも書いてありました。

 

「日本人の清潔さに驚いたバテレンたち」の項では、
「・・・・つまり彼等の真の目的はキリスト教布教とともに母国の領土を拡大することだった。つまり彼らは我が日本をもフィリピン、マカオ同様、植民地にしようとしていたのだ。このことに興味を示す日本人が少ないのはなぜだろう。
だから信長に続く日本の為政者たちがキリスト教を恐れたのは正しい判断だったと思う。
もしキリスト教布教を認めたら、日本はスペインかポルトガルの植民地になっていたに違いない。
ローマ法王の名において政治が動かされていたヨーロッパに比べ、そのころの日本はすでに政教分離がなされており、格段に進んでいたのである。
そのうえ、日本に上陸したバテレンたちが驚いたのは、日本人の清潔さであったという。
バテレンたちはアジアの端の端に、今まで征服してきたアジア、アフリカ諸国とまったく違う、大文明国を発見したというわけだ。・・・・・」
だから当時の日本人、「南蛮人」(南から来た野蛮人)と彼らを呼んだのでしょう。著者が言っていました。
納得です。
政教分離がなされていた」とありますが、今の政治体制より健全だったともいえるのではないでしょか。

「我が日本をもフィリピン、マカオ同様、植民地にしようとしていたのだ。このことに興味を示す日本人が少ないのはなぜだろう。」と書いていますが、私は歴史教育にあると思います。
スペイン人が中南米に侵略して、先住民がどれほど殺戮されていたかを知れば、信長、それ以降の為政者の判断に感謝です。そういう意味で政治家と言う職業は国の存続を図る大事な仕事に携わっていることを知らされます。
大雑把な集計ですが、コロンブスが到着した1492年の頃、1億1千万いた先住民が、インカ帝国が完全に滅亡した1570年には1千万まで減少しています。
友人が言っていましたが、「奴らは有色人種を人間と思ってない」とは、言い得ているのでは。
今でも国際社会は、弱肉強食の世界であることには変わりません。
それを理解し、対処の知恵を学ぶのが歴史教育ではないでしょうか。

参考資料 「一度も植民地になったことがない日本」 著者 デュラン・れい子 
     出版 講談社
     「侵略の世界史」 著者 清水馨八郎 出版 詳伝社

墓参の帰りに長瀞へ   2010:08:16:10:19:10

| コメント(0) | トラックバック(0)

盆休みの8月13日、家族で秩父にあるお墓へ行き、ご先祖様とご対面。

その日は、関越道が渋滞という事で、一般道を使い秩父へと向かいました。日高方面へ走り、川越、飯能、秩父と道なりに走ります。飯能市に入ると山道で、曲がりくねった道路になり、山間を走り抜けます。

天気も良く、気持ちの良いドライブとなりました。

家を出てから、約3時間をかけて到着。

墓の掃除をし、済ませてからお墓の前で昼食となりました。

秩父は蕎麦屋が多く、蕎麦を食べることになっていましたが、腹が空いておにぎり、油ソーメン、などなど食べてしまい腹いっぱいとなり、

蕎麦はいらないのではと考えましたが、多少時間をおいて予定通り食べに行くことにしました。

蕎麦屋は、2キロほど離れた秩父神社の側にあります。

行ってみると、駐車場が満杯、お客が外に並ぶほど混んでいたので、弟家族とも相談し予定を変更し、長瀞、岩畳を見に行くことに。

そこの商店街には豆屋さんがあり、女房、ばあちゃんは買い物を兼ねて。

駅前にあった石碑201008131427000.jpg

小学校5年生の時遠足で訪れたところ、懐かしさがわきました。

この石碑の記憶はなかったです。201008131441000.jpg

商店街の街並み、盆休みで大勢の観光客であふれていました。

外人観光客も。

201008131432000.jpg

豆屋さんの試食、人気があり大勢の人が。

201008131448000e.jpg買い物を済ませ、岩畳へ。

写真では見難いですが、遠くに川下りの船が。201008131447000.jpg

小学校5年生の時、記念写真を撮ったと思しき場所。

もう、53年も前のこと。

 毎年、秩父へ墓参りをしていますが、いつも寄らずに帰っていました。

訪れてよかったと思えた一瞬です。

見物を終えて、蕎麦屋に入り家族7人で蕎麦、かき氷を注文、私はアユの塩焼きを。

観光気分を満喫した一日となりました。

 

 

連続96時間塩水噴霧試験   2010:08:16:09:00:00

| コメント(0) | トラックバック(0)

昨年、3価クローメートの処理装置を導入し、内製化した際、何種か塩水噴霧試験を実施して有効性を検証した時のデータです。

試験片は、鋳造されたADC12を使用しています。

表面状態のばらつきを考慮して多くの枚数でやるべき所ですが2枚で行いました。

同じ製法で製造されたものでも表面状態にばらつきがあり、できれば多くの試験片をテストした方がよいと説明を受けてます。

協力してくれた薬品メーカーさんに感謝申し上げます。

長い取引実績があり、様々な金属製品を扱っている当社にとってかけがえのないパートーナです。

数多くの製品を扱うことは、それだけいろいろなトラブルとも遭遇する確率も高く、その都度トラブルの原因究明にお手伝い頂いた結果、

前処理作業の品質が高まり今日に至っております。

3価クロム皮膜+塗装 96時間噴霧E.pdf

今後とも、専門的立場から助言を頂き、品質向上に努めたいと思います。

塗装実績を更新しました。

 

当社HPを通じて問い合わせがあり、来社の上、営業担当と打ち合わせとなり、

ご要望として、品質改善、向上があり、お打合せした後、ご注文を頂きました。

素材が鋳物なので、パテ作業、研ぎの工程があります。

若手職人に、パテ作業の訓練をしていましたので、タイミングよく技能を試す機会となりました。

説明に、塗装工程を記してありますが、7工程もあります。

手がかかる仕事ですが納品して、その出来栄えに大変喜ばれました。

 

創業者である私の父は、戦前塗装工場でパテ技能を身に付けヘラ作りが大変上手でした。

漆を塗るヘラと同じ作りで、パテを塗りつけます。

ブログ「当社のルーツ」で紹介した写真を掲載しました。

ヘラを作る道具 タンバ

 

tannba.jpg材料のヒノキ

 

hinoki.jpg ただし、現在は市販されているプラスチック製のヘラを使用しています。

残念ですが、ヘラ作りの技能は市販されているものを使うようになってしまい、伝承されませんでした。

 

◆お問い合わせ先電話:049-266-5800 

 受付時間:10:00-17:00(日・祝日を除く)
お問い合わせフォームはこちら
◆担当:上野

 

前回と同じ現象ですが、原因が違って、アルミダイカスト製品の表面のわずかな亀裂に沿って塗膜が盛り上がり糸ケバに見える現象です。

塗装工程の前では発見しにくいもので、ダイカスト、鋳造など製法上から起因します。

hinnkann8tuki2e.jpg

亜鉛ダイカスト製品の表面にあった小さなフクレが外観上ブツとなった現象です。

以前にもご紹介していますが、その都度不良原因を特定して品質管理を行い、

得意先様にも、ご連絡申し上げ擦り合わせを行っています。

hinnkann8tuki1e.jpg

 

再び弟子と会って、次はこれを読んでみないかと薦めた本が「日本人が台湾に遺した武士道精神」でした。彼はこのタイトルからすぐに「これがいいです」と返事をし、借りる事となりました。
前回に読んだ「日本人と武士道」の感想を聞いたところ、あまりピンと響かなかったけど、これは 面白く読め3回読み直したと感想を話していました。
彼の持つ情報などと記述が一致する点があってイメージが広がったのかもしれません。
彼が50才を前にして、「武士道」に興味を持つに至った経緯は(その1)で書きましたが、戦後体制では日本の精神文化が顧みられなくなったために、話題に上がる機会も減りその年まで関心が向かなかったのでしょう。


しかし、彼、昨今日本人の道徳観が荒んできていることに「憂い」を感じるようになったことが、関心を寄せる大きな動機となったようです。
自身のブログにも、そのようなことを書いていました。
私と比べて、生まれた時期、場所などが違い「武士道」という言葉を耳にすることが少なかったのかもしれません。
私が物心ついたころ時代劇映画で見る武士のあり方が知識となり、忠誠を尽くす、強い人と思うようになり、漫画では少年剣士「赤胴鈴之助」が流行り、剣の修行の厳しさなどを知り、そのような事柄が身近に感じられたので、「武士道」がどんなものか子供なりに理解したのでしょう。
当時はまだテレビもなく、映画全盛で時代劇映画が多く作られよく観たものです。

次の記述、前回にも触れた内容ですが、・・・
いつ頃からかわかりませんが、そんな時代背景から「武士道とは死ぬここと見附けたり」という言葉を知り、「葉隠(はがくれ)」の話と認識していました。
22歳の時、京都に行った折、本屋でその本を見つけ購入し、それが、武士道に関連する最初の本となり、それ以降眼に留まれば購入するようになりました 。

 下の記述は弟子の読書の感想文です。
先入観でしょうか職業柄、さながら実況中継をしている記述になっているような気がして、文章にリズムを感じ、強調するところは語気を強めているように感じました。
「日本人が台湾に遺した武士道精神を読んで」
「率直な感想から述べるとする。戦後の日本人が失ってしまった精神的根源を台湾の精神的土壌に追い求めなければならない現実・・・嬉しくもあり寂しくもある。というのは、武士道はしっかりと継承されているという現実に対してへの嬉しさ。その反面で発信した大本にはそれがなくなってしまった寂しさだ。
しかしこれは現代日本人に対する警告でもあると思う。台湾に残された武士道とは、勇気と正義感・・誠の精神である。一度決めたら頑として譲らない覚悟、これが台湾人の心を打ったのである。ただし、これは戦前の日本人に対してであり、決して戦後の日本人に対してではない。
滅私奉公という我を捨ててまで尽くそうとする心意気・・・これに台湾人は心引かれたようだ。

 

そこには日本人の無償の愛があったように思われる。日本の統治なくして台湾の発展はなかった。台湾に経済システムを導入したのは日本人だ。・・と台湾人が言っているのだ。その根底にあるのは、日本人の"人と国のため"という使命感・愛だ。それが戦前に日本にはあった。
しかし第二次世界大戦で日本は敗れた。戦争で完膚なきまでに敗れたことのなかった日本人には、あまりにも大きな衝撃であったようだ。私は高度成長期に育っているため、その時の苦労は知らない。ただ、占領政策によって国家主義は袋叩きに会い国を消滅させようとする反日主義が台頭し日本の土台が揺らいだことは歴史を調べていくうちに理解できた。日本のマスメディア・教育分野が奪われた。日本人の根底にあった精神文化が継承されなくなった。そして現代の日本人が出来上がった。


戦争中マッカーサーが恐れたのは、戦前に日本人の誠・真の精神・滅私奉公の精神であったのであろう。それがなくなった現在、マッカーサーの政策は大成功を遂げたのである。米国のオバマ大統領も日本など単なる属国程度にしか見ていないように思われる。相手にしていないように感じる。国際会議で周りの顔色を伺っている日本・・海外から見ると今の日本人にはしっかりとした柱・ポリシーが無く見えるのではないか。そんな気がしてならない。迎合ばかりはやめようぜ!

「日本人とはどんな人たちですか?武士道って何ですか?」答えられる者が何人いるか。
昔あった気概はどこにいったのか。私は合気道を20年ほど修行した。そこには日本人としての気概があったので学ぶ気になったのだ。しかし、それでも当時、最高師範から「これからは武道も外国人から学ぶようになるぞ」と警告を与えられていた。
日本人は西洋から来る文化に興味をもち、日本の伝統文化を学ぼうとしない。あまりにもアメリカナイズされすぎた。海外の文化が悪いとは思わない。寧ろ良いものは積極的に取り入れて良い。しかし、日本文化を学んでからでも遅くない。俺たちは日本人だぞ!
おそらく今の教育システムの弊害だろう。本来学ばなければいけないのは人間作りである。人間作りを怠った弊害か。人間作りをするのが本来の学校の姿であるのに、今の教育は点数の取り方・・いわゆる処世術だけを教えている。私にはそう見える。
道徳という授業が無いと聞く。一番大事なのは道徳観だ。道徳観のなくなってしまった日本人の親は尊厳よりも面子を重視してしまった。これでは子供たちにも一番大切なものは教えられない。点数よりも大切なのは道徳観だ。


日本の学者やジャーナリストが中国から脅されてすぐに怯み中国に迎合することしか書けない現状。日本人は正義感を失い勇気・責任感が無くなり臆病になっているとこの著者は言っている。勇気ある日本人は敗戦と共に死んでしまった。
最後の一説:「戦後の日本の知識人の中で敢然と中国の内政干渉や歴史捏造に異議を申し立てた者がいったい何人いるだろうか。中国の歴史捏造の実態暴露を台湾の学者だけにまかせていて、果たしてよいものだろうか。日本人の良心と良識から鑑みても非常に疑問である。」
これを台湾人に言われ日本人はなんと思うか。立ち上がれ日本!自分も含め今こそ日本人はその原点に戻るべき・・・そう考えさせられた一冊だった。」
この感想文から察して、彼も一日本人として自覚を強く持ったようです。
過去の日本人の高い精神性に感動したのでしょう。
今彼は、「日本武士道史」を読んでいます。
どんな感想を持つか楽しみです。

彼、「日本人と武士道」にはあまりピンとこないと言っていたのでどう言うことかと読み直ししました。
アメリカ人から見た眼での記述なので、彼らの考え方、見方の特徴を勘案しなければならないところが読みづらい感じがしたのでしょう。
私としてとても興味を引く文章があり、一億総懺悔と言いつつ敗戦の反省、総括を自ら行わなかった事が如何にまずかったか想起させられました。
それが次の記述です。
「大学に入って間もなく、私はH・ミアーズの※『アメリカン人の鏡・日本人』という書物を読んだ。そのとき自分が彼女にたいしてはっきりと怒りを感じたこと、しかしそれが不安に根差したものであると自覚していたことを私は今でも覚えている。彼女によれば、太平洋戦争はアメリカが半ば公然と仕掛けたものである。日本のやった大東亜戦争も、アメリカを含む白人諸帝国のアジアへの侵略や攻撃にたいする、反撃であり模倣である。あれだけ膨大な資料を駆使して立証されれば、彼女の言い分は少なくとも一半の真理はあると思わずにおれなかった。今でもそう思っている。つまり、かっての日本人が示した侵略性や攻撃性はアメリカのやり方の反映だということである。あの戦争が終わってから三年、アメリカが正義の代表と思われていたあの時期に、あのような主張をなした彼女こそは、アメリカの良心の証である。・・・・・・・・」。日本人と武士道より。

※どのような本かと調べましたら、紹介文に次のような記述がありました。

1949年日本占領連合国軍最高司令官ダグラス・マッカーサーが日本での翻訳出版を禁じた衝撃の書。戦後50年記念出版(帯書きより)。
1.パールハーバーは青天の霹靂ではなかった。アメリカは、さしたる被害なしに日本に第一撃を仕掛けるように画策した。
2.
原爆投下は必要なかった。それは日本に対して使ったのではなく、ソ連との政治戦争で使用したのだ。
3.
終戦直後、「アメリカは日本を裁くほど公正でも潔白でもない」と主張したアメリカの女性歴史家ヘレン・ミアーズ。日米関係が軋む今日、日本人必読の書!

買って読んだ方がよさそうです。

1、2の項目に記されていること、耳に入っていました。情報源はこの本からだったのでしょうか。


大東亜戦争の大義の一つに、東南アジア解放というものがありました。

確か、当時はタイを除いた他は、西洋列強国の植民地でした。

戦後は、次々と植民地支配を打破して独立を果たしている。


学生の頃、テレビ番組で、「敗戦時、日本兵がインドネシアに留まり戦闘を指揮してインドネシアをオランダから解放したこと」を知りました。その時の兵隊さんが出演されていました。

それが、H・ミアーズの言う「反撃」にあたるのではないのでしょうか。

他に、7,8年前になるでしょうか私が所属する合気道関連の会が主催する講演会があって、当時ビルマ(現 ミャンマー)で、開戦直後ビルマ独立義勇軍の大尉として、ビルマ兵を指揮してラングーン攻略に参加した方の体験談を聞いたことがあります。これも大義の証として説明できます。植民地支配していたのはイギリスです。
この方大正12年生まれです。ご存命であれば87歳になられています。生き証人として、様々な場所で講演をして頂きたいものです。

日本軍の負の印象を払拭するためにもマスメディアでも取り上げ、
アジア解放実現のために戦った日本兵がいたことを、歴史教育で教えるべきです。


敗戦の反省、総括が無いまま、一億総懺悔で「すまない、すまない」と顧みず、知らず知らずに「自戒」が「自虐」となって、国旗、国歌で揉める国になったのでしょう。
かの敵国では、一女性が良心に従い先の大戦の的確な総括しています。
いまからでも遅くはありません。

わが国でも、やらなければならないことではないでしょうか。

悲惨さだけを訴えても、反省、総括にはならないと思います。


 

参考資料 「日本人が台湾に遺した武士道精神」著者 黄 文雄 出版 徳間書店
     「日本人と武士道」著者 スティーブン・ナッシュ 出版 角川春樹事務所
     「アジア時報」出版 財団法人 アジア調査会

2010_0728_144721-DSCN0620.JPG2010_0728_144744-DSCN0621.JPG2010_0728_144813-DSCN0622.JPG

今回の参議院選挙、多数のタレント、有名人が立候補しました。
柔道五輪金メダリスト谷亮子(34)=民主、プロ野球石井浩郎(46)=自民、タレント岡部まり(50)=民主、俳優原田大二郎(66)=民主、
アテネ五輪自転車競技、銀メダリスト長塚智広(31)=民主、
女優三原じゅん子(45)=自民、他に民主党から落語家桂きん枝(59)、女優岡崎友紀(56)、歌手庄野真代(55)、元体操選手池谷幸雄(39)等々。
元野球選手堀内恒夫、中畑清なども立候補していました。
その中で当選したのは、谷亮子、石井浩郎、三原じゅん子の3名です。

選挙演説を聞いてはいませんが、池谷氏が「逆立ち」のパフォーマンス、私テレビで見ました。
体操をやっていたからでしょう、大道芸人じゃあるまいし、勘違いも甚だしいです。
自分を強調したかったのでしょうが、ずれています。
でも、それを見て喜んだ選挙民も居たことでしょう。
テレビの弊害が、そんなところに出て、「ウケ」が第一義、おもしろければ、楽しければが全てなのです。


それにしても、目立つのは民主党からの立候補です。
中でも、谷亮子の立候補には驚きました。
現役を続けながら、国会議員を務めるというのです。
この発言には理解不能です。

そんな彼女に立候補を要請する民主党にも疑問符です。
オリンピックに出るためには全人生の時間を費やして取り組まなければ果たせないほどのエネルギーが要求されます。
国政に携わる議員の仕事、いくらなんでも片手間にやれるものとは思われませんが。
現職の国会議員が皆そうだとは思いませんが、国家運営に関して成果が表れていない分そう思われても仕方ないですね!。
もし、そうだとしたら給料(月給230万円と聞いています)は取り過ぎです。

片手間に働いてこれでは、私はおいしい仕事と思います。彼女に投票された方々納得しているのですかね~。

それでも、彼女は当選しました。
選んだ人たち、彼女が職務を全うできると判断したのでしょうか?
少し考えれば、無理なことはわかるはずですが、その判断できなくなっているのでしょう。
この辺に、日本人の見方、考え方に変質、変化、劣化が見て取れるような気がします。
国会議員の仕事、素人でもこなせる程度の認識しかないのでしょう。
今までに多くの芸人、タレントが議員になっていますから。

日本柔道連盟は谷に引退勧告を言い渡しました。

良識的に見れば当然です。

彼女は、オリンピックでメダルを取りメディアから注目され、名が売れているだけの立候補者です。
今は名が売れていることが国会議員になれる必須条件なのでしょうか。
選挙もある意味で人気投票と同じものになったのでしょう。
これでいいのですかね。
私が学生の頃では、タレント議員の宮田輝を思い出します。NHKのど自慢の番組を受け持ち、司会をしていたアナウンサーです。
全国ネットの放送、知名度でいえば全国に知れ渡っています。
それを利用しての立候補、全国区で立って一位当選を果たしたのではないかと記憶しています。
本業はアナウンサー、政治家としての器量は未知数ですが、それなりの考えがあって立候補したのでしょう。

これが前例となり、メディアを通して名を売っているタレントが次々と国会議員になるべく立候補するようになりました。
他に印象に残っているのが、青島幸男、横山ノックです。
青島幸男、典型的なタレント議員で名が売れていることを利用し選挙活動をしないで当選しています。
まさに、テレビ時代の議員です。
他の候補者は内心、不公平を感じていたことでしょう。
私も、彼のやり方は狡いと感じていました。
それが、都知事までになってしまうのですから驚きです。

当時は、日本が成長していく時代、今振り返れば大過なく時代が動いていました。
そんな時代でしたから務まったのでしょう。
横山ノックも同様です。
「パンパカパ~ン」と舞台に登場した3人組の漫才師、大阪府知事にまでなっています。
在職時代、猥褻行為で起訴され幕を閉じました。
今回の参議院選挙、関西地区ではほとんどタレント候補が当選しませんでした。
そんなスケベ府知事を選んだ経験から反省し、タレント議員に投票しなかったのでは。

そのほかに、野末陳平、落語家立川談志も居ました。
陳平は税金問題に特化してそれなりに活躍していたと思いますが、談志は沖縄開発長官に任命されましたが、
酒を飲んで会見したことがあって、それが問題になりすぐに議員を辞職したと記憶にあります。
やはり、いい加減な気持ちでいたのでしょう。
イレブンPMの司会で、「野球は巨人、司会は巨泉」の大橋巨泉も知名度を利用し議員になっていますが、彼もすぐやめています。
同様なケースでしょう。
本人たちにはそれなりの考えがあっての判断でしょうが。

それにしても、民主党からのタレント候補が多かったです。
公認候補として認めたわけですが、納得できない面があります。
狙いは頭数を揃えて、議会運営の安定を狙っているように思えます。
議員としての能力より、頭数優先の方針が読めて、個々の能力より、御し易い人を優先したと思います。
しかし、選挙に大敗してしまいます。

今回の選挙では、国民の良識が強く働いたような気がします。
特に神奈川県での選挙にそれを感じました。国家は財政的には破綻寸前、国防面で普天間基地問題で大揺れ、政治的難事を抱えている今、政治を真剣に考えているのでしょう。
そうしないと、ツケは国民に回って来ます。
気がかりなのが、若者が選挙に無関心なことです。
あるラジオ番組で政治家の公約が高齢者に対してのものが多いのは、選挙に無関心若年層を狙わず当選を果たすためにターゲットを高齢者に絞っていると、
選挙に関し説明していました。
そうかもしれません。

しかし、次世代を担う若者がそれでいいでしょうか。
国家とはどうあるべきかと考えれば、今の政権では日本国の屋台骨が崩れかねません。
国防に関しては、鳩山前首相が決断できないまま辞任、菅首相も経歴から見て同じように思え、
落選した議員を法務大臣に留まれと言っているようでは。
民意は無視です。
果たしていいのでしょうか。

我々日本国民が安全に暮らせるには国はどうあるべきかと考えなければなりません。
このブログを書いている時、ニュースの話題は金賢姫で大騒ぎ、拉致問題いまだ解決していません。
国民の安全を守ることが政治家の一番の使命です。
国民の主権を守れない日本の政治家、他国に比べ能力が低いと思われているのではないでしょうか。
私の友人が言ったことがあります。
これがアメリカだったら、とっくに拉致された人達を救出していると。

弱腰外交と言われ久しいですが、それは明治時代の政治家と比してすぐに分ります。
それは、身心の鍛錬(男の磨き方)の違いという他ありません。
当時、政治家になった多くの人は武術で鍛え、修羅場をくぐり、死線を超えた経験の持ち主達です。
この差は大きいでしょう。
それがない政治家では、舐められるわけです。
国民の安全を守るには、「暴力反対」と言って済むわけがないのです。
国際社会の常識が分っていません。

自国を自ら守る覚悟のない民族に、他国の人が助けを出してくれるでしょうか。
同盟と言ってもその気持ちがなければ助ける気にならないのでは。


 

カテゴリ

アイテム

  • クリックで拡大表示
  • クリックで拡大表示
  • クリックで拡大表示
  • クリックで拡大表示
  • クリックで拡大表示
  • クリックで拡大表示
  • クリックで拡大表示
  • クリックで拡大表示
  • クリックで拡大表示
  • クリックで拡大表示

最近のコメント

ATOM最新記事のフィード